見た目は大事

2006年10月08日 00:43

サムネさんからコメントを頂いたのですが,今回は其れをまんまお題とします.
「自分のクルマが一番」.
サムネさんからの一言,極論と断ってはあるとは言え実はいかなる条件が絡んでこようとも,まず間違いなくほとんどの人に当てはまる,少なくとも自分と自分の身の回りの人々を見ているととかくそう思えるのだ.
それが例え自分のようなクルマ好き,もしくはクルマにある程度の興味関心がある人だけでなく,普通に「道具」としてクルマに接している人でも大概当てはまるのだ.

例えばコメントにあった軽バン(こんなの),コレに乗っている知り合いが一人いる.
その軽バンは走行距離10何万kmを超えており,距離相応に見た目もなかなかの古強者といった風情だ.
距離もそうだが部分的には明らかに自分のインプレッサ(ついにこの前120,000kmを超えた)よりもぼろいし,何より軽だから走りだとかもしくは快適性だとかその類の性能もとても期待は出来ない.
しかし,当の本人はやはり意固地になってその軽バンの良さを主張する.
曰く,「軽だから燃費がいい」に始まり「小回りが効く」等軽の特徴を色々語った後,「だってこいつ自転車積めるんですよ!凄い便利じゃないですか!」となり,聞いてるこっちはもう参りましたと言う他無い.
確かにインプレッサクラスのセダンではとてもじゃないが自転車なぞ搭載できるわけが無い.
といった所で,彼や自分変な意地を正当化するとかおかしいとか言ってる場合ではないし,その辺を言及するつもりも全く無い.
大事なのは彼がその軽バンを実に真面目に使い切っていると言う所だ.
走りも快適性も確かにレベルが低い,しかし軽バンとしての経済性や取り回しの良さ,そして積載能力の高さを日々十分に使い込んでいる.
実際この軽バンの荷室にいろんな奴の自転車が収まってその恩恵に預かっている.
だから軽バンだろうが何だろうが意固地になる彼に苦言を呈するも減った暮れも無く,むしろ「彼は正しい」と認めるのが実は妥当なのだ.

それは勿論他の人にも(当然自分も)当てはまるし,別に対象がクルマに限ったことではない.
同じ趣味の範疇に入るもの,例えば音楽に関するものであったり漫画やゲームであったり,スポーツであったりでもいい.
もしくは道具としてその人がこだわっている道具・工具の類でもいいしパソコンなんかもそうだろう.
趣味か実用か,といった点で差は多分に発生するのだが,乱暴にも其れを無視してしまえば,例え端から常識的に見て明らかに異常とか不必要と見られようが,持ち主や使い手がこだわりにこだわって其のモノを「使い切れている」と言えるなら,其れは全くの正常なことなのだと思う,少なくともようやく最近自分はそう思えるようになってきた.

もし,知り合いの趣味嗜好(の類だと実に多い)で自分の目から見て明らかにおかしいとか,変だとか,何がそんなにいいの?と思ったらその人の「使い切り方加減」を観察でもされるといいと思う.
見事に使い切れている人と言うのは,其れに費やした¥と時間に見合うだけの実益(勿論¥としては還元されないことが大半)をしっかりと得ているのである.
その辺を見て取った上で認めることはなかなか難しいのだが大事なことなのだ.

但し,逆に「使い切れてない」人が相当な不幸であることにはあまり追及しないほうがいい事も付け足しておこうと思う.
勿論見るに耐えないような光景であってもだ.
理由は言わずもがなである.
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