パソコン依存症

2013年11月07日 00:48

「パソコン依存症」だったか「ネット依存症」だったかが言われだしてもう数年以上は発ってるんじゃないだろうか。
言われだした当初は、当然ながら"依存症"とまで言われてたのだからとても良い意味で世間で言われていなかったと言う記憶はある。
かつてはテレビっ子を通り越してテレビ依存症も随分言われていたのだろうに、気が付けばただディスプレイの中身が変わっただけ。
何でもかんでもビョーキ扱いすれば良いってもんじゃないだろうなんてしたり顔で思った記憶がある。
何のことは無い。
少なくとも自分の場合は、社会人になって実際にネットを使い出してからはかなりのヘビーな依存症患者だった。
何せネットを使い出してからと言うもの、実家に帰省したりとか他人の家に居ない限りテレビを一切見ていなかったのだから、ついでに言えばアナログが廃止されて地上デジタル化されても何の影響も被らなかった。
結婚してから妻の影響でテレビを少しながら見るようになったのは、だから自分自身では結構な生活の変化だったりする。

そんな脱テレビを時代に(?)先立って実践してた自分だけに、つい最近パソコンが故障した折にはさすがにと言うかやることが本当になくなってしまってコレにはさすがに参った。
結果的には電源ユニット丸ごととグラフィックボードが逝かれてしまっていたと言うのが故障の真相だったので、割合大きな出費だったとは言え直ぐに直って事なきを得たのだけど、その2~3日間、唐突に妻から貰ったスケッチブックにそれこそ数年来描いてなかった絵を描きまくりだしたり、ろくろく見ても居なかったテレビに釘付けになって日本シリーズの最終戦に一喜一憂していたり(NHKの方を観ていたので解説がそこまで喧しくなかったのも大きい。)、何故か時代錯誤もはなはだしくPS2を点けてゲームなんかしてみたり・・・。
妻が「あんた、本当に暇なんじゃな・・・」と呆れ返ったかのように言われるのもまるで気にせず、と言うか言われたとおり本当に暇だったので、暇潰しに何か無いかとあれこれやり出しては放り投げるの繰り返しだった。
音楽を聴くにもMP3プレーヤーもipodも持っていないし(曲ですら全てパソコンに押し込んであった)、動画なんか当たり前の如くDVDに焼いているわけでも無し。

如何に自分がこの縦横高さ数十センチ程度の箱の中身に生活の大半を押し込めているか(正確に言えば仕事の大半も、でもある)、ちょっと恐ろしいまでに痛感した数日だった。
今は無事にパソコンも退院しており、いつも通りの生活になったと言える。
電源ユニットが丸ごと交換になったせいで実はアウターケースも修理屋で完全に新調したので外見は完全に一新されたのだけど、おかげでグラフィックボードもほぼ新型になったから、画面の映りや滑らかさはかつてに比べたら圧倒的の一言だ。
意外と怪我の巧妙だったとも言えなくも無い。
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