史上初の大失態:200,000kmの旅

2013年07月15日 23:19

前回唐突に「もしかしたら見逃すかもね~」とか言ってたら、しれっと本当に見逃してしまった。
ものの見事にフラグが発ってしまったようである。
と言うより恐らく自分でも記憶に有る限り人生初のフラグ立てだったような気がしてならない。
夜中にふと思い立って書いていた時は「何となく書いておけば最後の最後まで覚えて置けるだろう」とメモ的な意識だったと言うのに、ある意味予想通りと言うのかものの見事にパッとその瞬間は通り過ぎていた・・・。
格好付けて書けばそんな感じだけど、所詮は単に大事な瞬間を見逃してしまっただけだ。

まあ伏線と言うべきか、たまたまちょっと遠くへお出掛けしようと妻と二度目の常滑に行こうとした時点で少々怪しい雰囲気は漂ってはいたのだ。
何せ出かける直前で距離は既に199,900kmも越えていて、少なくとも行って帰ってくる間には絶対大台に乗りそうだとは判っていたし、"これは高速の道中で超えやしまいか・・・"と言う漠然とした不安がよぎっていた。
しかもその日、知多道路で一番最後のPAの阿久比で休憩していたら、途中から信じられないくらいの大雨(と言うか豪雨)で夫婦して、
「ゲリラ豪雨だなあ」
「常滑で大雨って何も出来んぞ」
と変に盛り上がってしまい、完全に気が逸れてしまった。
そして最後のトドメは何のことは無い、旧式のカーナビに振り回されて一旦完全に道を間違えてしまい思い切り遠回りをしていたことだろう。
雨で視界も悪いのに加えて、道を間違えたことにさすがにちょっと焦っていたから、その時の自分にはオドメーターを見やる余裕は全くなかったと言うオチである。

そして常滑は陶磁器会館へ到着した瞬間「あっ!!」と気が付いた時の記念?がこの何とも勿体無さ全開のオドメーターである。
たった5km、されど5km。

地獄の200,000km

フラグどおり、本当に気が付いたら何の躊躇も無く過ぎ去ってしまっていた。
瞬間を獲り逃した無念さより、あっさりと通過点を越えたと言う感触の方が妙に安心感が有ったのが我ながら予告どおりで不思議といえば不思議だった。
常に快調、とはさすがに程遠いのが現実とは言えほぼ9年(!)、良く壊れなかったなあと思う。
乗り手のへぼさも有った上にサーキットの走行経験までさせたから、どう考えても通常のクルマの使われ方よりははるかに酷使した割には・・・、ここはもう素直にスバルに感心せざるを得ない。
ことGC8に関して言えば当初はラリーのベース車とは想定していなかったクルマなのだから、それでこの耐久性は素晴らしいものだ。
それとも、200,000kmがまだまだなだけかもしれない。

いずれにしても、まだしばらくはこの老体のオドはまだまだ伸びていきそうだ。
果たして一番左の数字が変わる日はいつ来るのだろうか。
気長な旅がまだ続くのである。
スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://miyoshikeej20.blog75.fc2.com/tb.php/543-fcb8d910
    この記事へのトラックバック