美術館と言われても

2012年10月07日 23:14

高校の時取っていた授業が3年間ずっと美術だった、ただそれだけのことである。
何せ大学では漫画倶楽部(と言う名の漫研でしかないが)に在籍していた変人だから、絵を描くのも観るのもその当時から好きだったのは今でも変わらない。
と言った所で例えば美術にしたって具体的な学問のような知識はまるで無いし、それこそ高校の授業以外を除けば全く専攻も何もあったものじゃないから、例えば
「これは10何世紀うんたら時期のなんちゃらと言う作者が活躍した最も初期に描かれたなんとかかんとか風の以下略・・・」な説明を受けても、文字通り右から左へETCレーンもビックリの超絶スルーモノなのである。

そんな学も風情もまるで無い癖に、時折ネットでもポスターでも出ている美術館のイベントを見るとふと行って見たくなってしまう。
行って何が判るかと聞かれても「さあ?」としか答えようが無い程度の癖に、だ。
いや、"判る"なんて如何にもしったかぶったような台詞なんか抜かさず、ただ単に折角限定公開とかしてくれるんだから一度は観てみるべきじゃないか、と素直な欲求に任せたくなると言うのがこの場合一番正しい自分の意識だと思う。
"百聞は一見に如かず"とやらは少なくとも自分の場合しっかり当てはまるようなのだ。
そんな思いもあって、栃木に赴任している間も1~2度美術館へはアシを運んだし、実家に帰省している時も確か1度隣町の美術館か美術展だったかに急に行ってきたことがある。
そんな一種の"ノリ"に任せて今回は名古屋市はボストン美術館まで行ってみることにした。
御目当ては限定公開も後期に突入した日本美術の至宝だ。
尾形光琳いよいよ登場、と言われてもやっぱり差ほどピンと来ないのが哀しいかな自分の学の無さなのだけど、何となくこう言うのは洋画より日本画の方が観ていて好きだ。
自社仏閣とか城巡りが好きなのだから、自然絵画も日本画のほうに魅かれ易いのかもしれない。

本家アメリカのボストン美術館からはるばるやってきた今回の絵や絵巻、そして屏風。
実は屏風と絵巻に関しては今回観るのが初めてだったりするのだけど、実は今回観ていて一番面白かったのがその絵巻だった。
今で言えば挿絵付きの小説と言うべきか絵本と言ってしまって良いのか・・・、公開されている絵巻を説明に沿って順に観て行くとこれがちゃんと話どおりの絵の動きになっていてその描き込まれ具合に驚かされる。
そう、絵巻にしても屏風にしても今回観ることが出来たものはどれも観れば観るほど圧倒的な描き込みの細かさ・筆の多さに感嘆してしまった。
作品によってはほぼ触れる直前まで近付いて観ることが出来たのだけど、観れば観るほどなんとやら・・・。
まず作品全体を遠くから眺めてそこからあちこち細かい部分を仔細に観察・・・なんて格好つけた真似でもしたくなるくらい、細かな描き込みなのに全体のスケールは圧倒的、そんな絵ばかりである。

そんな中で尾形光琳は・・・なんていうより個人的には実はその後の曽我蕭白の作品の方が面白くて好きだった。
紹介文では「エネルギーに満ちたシニカルでユーモアのある」とあるけど、確かに描かれ方はかなりエネルギッシュだ。
動的な、と言う言い方でも良いのだろうか。

物は試しレベルで来た割に随分面白いものばかり観れた気がする。
やはり現代美術よりはこの手の古典的なものの方が自分は好みだ。
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