偉業と呼ぶべきか愚行と呼ぶべきか

2012年05月13日 20:08

190,000km

恐らく今までの中では一番時間の掛かった10,000kmだったはずだ。
見直してみたら、180,000km走りきった時がもう1年半近く前になるから間違いないだろう。
数年前では1年で15,000kmは走り込んでいたのに、それが今では7,000kmも行かなくなった。
何だ、半分以下なのかよ・・・、とも思う。
今の世の中だとある意味これでも普通なのかも知れないけど、それでもかつてほどは乗らなくなったと言うのは間違いないだろう。
栃木と愛知の違いもあるし、中部と東北との違いもあると思う、勝手なイメージだけどやはり東北は随分と愛知に比べると広いし走りやすかったんじゃないだろうか。
宮城も岩手へも何度か足を運んだけど、行けども行けども山の中でなかなか県をまたぐのに相当走りこんだ記憶が今でも残っている。

そんな感じでこの前出先から会社へと戻る際にオドメーターは190,000kmへ達した。
今更ながらこんなクルマでメーター巻き戻す輩なんか居ないから間違いの無い記録だろう。
このインプを買った時点で93,000kmだったから、実質私が乗り手となってからでも100,000km乗ったことになる。
毎回のことだけどこう見ると果たしてこれが凄いことなのか全然凄くも無いことなのか・・・、少なくとも"一般的な"周りの見る眼からすれば間違いなく後者の視点しか持たないのは間違いない。
今までもずっとそういう眼で見られて物言われてきたんだから。
そんなに距離走ってもインプの調子は良いのか、と聞かれると当たり前だけどそんなに良い訳が無い。
走ってて揺れればアチコチガタガタ音はするし、中も外も歳相応に傷も汚れも色褪せも有りまくりだ。
一旦持ち主と言う主観を捨て去って冷静に眺めれば眺めるほど、インプの老衰振りばかり目立って「何でいい加減乗り換えないのだろうか?」と言う疑問がふつふつと湧いてくる。
そもそも人間で言えばもう働きまくって定年退職したお爺さんなのに、村田兆治の如く老体に鞭打ってバシバシ投げ込んでるようなものだ。
しかもマサカリ投法と違ってこっちは乗り手が力づくで"動かしている"のだから、もう休みたいお爺さんにしたらたまったものじゃないだろう。

そんな端から見るともはや眼を覆いたくなる始末のインプなのにまだまだ乗る気満々なのは、ひとえにいざ乗り出せばこれが随分と良いクルマだからだ、・・・少なくとも運転手は・・・、と言う但し書きが付くけど。
何がどう良いのか、と言われるとこれも色々あるけど所詮持ち主の主張でつまりは思い込みだから余り言わない方が良いだろう、言っても他の人に通じるかどうかなんて誰も保証出来ない。
一つ重要なことはこのインプが"小さい"所だろうか、今のスポーツカーが軒並み3ナンバーなのを見ればこの意味が判って頂けるはずだ。
後、会社の後輩とかを乗せて帰る時に「やっぱこの音良いですねえ~」とか言われるとさすがに鼻が高くなってしまう。
いっそ「良い音だろ!」とか自慢したい、怖くて出来ないが・・・。
まだ人様に褒めてもらえるポイントが有る時点で、手放す必要なんか無いじゃないか、とすら思い今日もインプのシートに納まる自分が居る。
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