「ネタが無い」って題名で書くのはイヤだ

2008年09月08日 00:29

と,とある友人との会話でそんな意見を聞いた,お互いブログを始めたばかりの頃のことだからもう結構前になるんじゃないだろうか,その頃はブログ上で「バトン」を回していくのもちょっとしたブームになっていて彼はそれについても「何か書かされている様でイヤだ」と持論を語っていた.

なるほどな,夏休みの宿題の日記ならいざ知らず書くことも無いのに無理して書く必要なんか無いよな,とその時思わず納得して自分もそこで「何か書こうと思った時に書ければ十分自己満足は満たせるんじゃないか.」とそれまで毎日書いてたのを(勿論結構無理矢理だったと思う),ポッと頭の中で「あ,これは書いてみたい内容だな」と思い付いたら書くように改めた,そうでなくても仕事の忙しさが一気に激化していたこともあったし,当然の如く毎日書ける程ネタに溢れる様な人生なんか歩んでる訳でもなかったから,あっさり行き詰ったと言うのもあった.
でも自己満足でいいや,と言っている連中に限ってへんてこりんなことに拘ってる奴が多いけど何のことは無い,自分もまさにその類の阿呆な人種だから始末に終えない.
始めた当初は出来ることならブログを日記代わりにせずに行こう,コラムじゃないけど毎回何かしら自分の考えでもって書き上げる場にしてやろうとか意気込んで意気だけは今もそのまま今に至っている.

そんなことを言ったら「どうみたってタダの日記じゃないか!!」とこれを見ている人から怒涛の如く怒られてしまいそうだ.
何せ書いてる出来事関係は完全に時系列に乗っかってしまっている,旅行もドライブもその根底にあるクルマ好き,そして愛機のインプについても結局はその時起きたことがベースになっているから,日付が飛んでいるだけで日記と何ら変わりは無いと言われても文句は言えない.
言えないけど自分の頭の中と意気込みだけは日記じゃないのである,そのつもりで書いてるつもりなのである.
実際じゃあ何処が違うんだと聞かれてもあまり,いや全くちゃんと説明できる自信が無いのだけど少なくともただの日記じゃない書き方になるよう意識している,つもり,だったらいいなあ…

で,そんな昔話を前振りに今のこの日この時間.
ネタが無いから書く必要も無い,で一週間何も書かなかった,人の人生ネタがまるで無い一週間だってあっても何の問題も無い.
けど,一週間何も書かず右上のカレンダーの丸が一個も付いていないと何となく「いかんな」とか罪悪感じゃないけど「サボっている」感が付いて回るようになってきた.
意外と仕事にしてもサボると言う感覚には嫌悪感を持てる人間には育ったようである,良いのかどうかは知らないけど,兎にも角にも一週間まるまる何も書かないのはどうやら自分の自己満足が満足してくれないらしい.
ついでに言えば仮にもブログは人に見せてしまうものだから,いつの間にか自然と結構書き方とか文体とか考えるようにはなって,それが一種の勉強と言うか学習になってきている部分もあると思う.
文体そのものはガッチガチの文体にするつもりも無いけどさりとてフニャンフニャンの口語体が更に粉砕されたような文体にもしたくないな,と言う程度だけどそれでも何か自分の思いをきちんと伝わっている書き方になっているかどうか,書きながら推敲みたいなことをするのがちょっと楽しくなってきている.
頭は使って何ぼであってこうやって何かを考える機会を作ると言うのは結構大事なのではないだろうか.

と,こうやって一週間空いたサボりを埋める文章を力づくで書いてみた.
これも一種の「書かされている」感が無いわけじゃない,でも普段よりむしろ自分の考えは書くことが出来たからこういうのも良いんじゃないかと思う.
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