米騒動

2007年12月12日 00:31

たまには自炊するべきだろうかと家で米を炊いたりするけど,こう言う時に限って実家の米に勝るものは無いなと実感する,いやはや旨すぎる.
生まれてこの方大学生の時も会社員やってる今も必ず実家から定期的に米を送ってもらっているから,コンビニ弁当等を除けば自分の家ではほっとんど実家のコシヒカリ以外食べていないことになる,そりゃ乏しい自分の味覚でも完全に馴染んでしまったのだろう.
ここ栃木も米どころとしてはなかなかに有名なのだそうだが,そこいらの店の米とではまだまだ自分で炊いた米の方が良いと感じる.
慣れ親しんだ味と言うのは誰しも一つや二つ持ってるものだけど,自分にとっての実家の米もその中の一つなのだろう.

そんな調子で実家の米万歳状態だから,いざいそいそと米を研いで炊けようものなら全く以って情け容赦無く喰いまくるからまた難儀な話だ.
一度に三合(小さい炊飯器のMAX)炊いたとしても晩飯二回分で殆ど食い切ってしまう勢いだから正直食後の血糖値なんか恐ろしくてあまり知りたくない.
この年末にはとうとう26歳になる訳で,当然代謝も徐々に落ちていく年代だからいよいよ真面目に食生活にも気を遣わなくてはいけないと言うに,睡眠欲同様食欲の方は一向に落ち着く気配は無いようである.
いくら健康診断でも異常無しで(色々持ってるから健康では決して無いのだが),メタボブーム(?)のあおりで測られた腹囲も69㎝とそこまで気にするレベルではない(・・・よね?;)なので,殊更に健康的で節制した食生活なんかとても認識出来ないと言うものだ.
こういう人間に限ってあるときいきなりぶっ倒れては肝硬変だの脳溢血だの心臓病だのなんだのと大騒ぎして尻すぼみするような末路をたどるに違いない.
そんな哀れなボケ老人になった自分の将来なんか全然想像出来ないのが現実なのだが.
尤も超絶不健康な人間にしてもまるで改善するような素振りも見せない人が大半だから,結局身を持って思い知ることで自分の世界が変わるのを実感するしかないのかも知れない.

とまあ,たまには至極真面目なことも考えたりするのだけど,いざ飯を食うとなればそんな堅苦しい話は明後日の方向の更に片隅に追いやられてしまい,いつものように納豆カレーを満喫したと思いきや右手にはしゃもじ,左手には空のお椀,そして机のお盆の上には高菜茶漬けの素と鮭缶(時折沢庵)が整然と用意され,躊躇無く第2ラウンド突入できる辺りまだまだ自分は意外と健常なのだろう.
尤もこの場合の最大の問題は,米の量以前にもっとちゃんとしたおかずも用意しなさいと言うことなのかも知れないけど,もはや触れまい.
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