twitterに上げたんだから止せばええものを

2014年06月21日 16:30

気になって探してみれば毎年毎回ご丁寧にこちらにも上げているのだから、何と言うか自分でその慣例を破りたくなかったと言う程度のこと。
とはいえこうやってご丁寧に書いてでも置けば何となく記憶に残りやすいかも知れない、twitterではTLの関係で直ぐにどこかに消えてしまうし。

とは言え先の記事を見直していたら、前回の記念すべき200,000km超えはほぼ1年前に遡っていた。
折角の大台だったのに、遠出していた上に突如のにわか雨で少々慌ててしまって大事なタイミングを完全に逸してしまったのもはや1年前の話と言うわけだ。
ほぼ1年10,000km、のペースは結婚しようが再び栃木で走っていようがあまり変わらないらしい。
と言うより栃木じゃ通勤距離も倍増したし、帰省の移動距離なんかさらに増えたからもしかするとかつてのように1年20,000kmと私有車にしてはとんでもないペースを再び刻み出す可能性もゼロじゃない。
夫婦でアチコチ出かける機会もまだまだ多くて、そう言う時でも電車は余り用をなさずにインプで行ってしまうことが大半だからだ。
それにしても久々とは言え毎回オドメーターの下4桁が一斉に「0」に戻される瞬間はいつ見てもちょっと独特と言うか変な気分だ。
さすがに10回くらいは経験しているから今更感動も何も無いのだけど、今度は綺麗に並び切った0の数字を見て"さあ、早くこの0を次へ進めてしまいなさい"と急かされているような気もしなくも無くて「やあれやれ・・・」とゆっくりギヤを1速へ入れ直す、そんな風情だ。
物持ちが良いのは自分の生来の貧乏性なのか根性なのかもはや判らんけど、10歳も年下の後輩が普通に新車を買ってるさなかにこれなのだから、自分も大したもんだと感心しておくとしよう。

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オイル交換と言いつつ

2014年06月08日 21:42

正直に白状しよう。
何気に愛知県は小牧市に在住の頃はオイル交換なんかしてもその前後の感触が良くなったのかどうか、差が判らなくなっていた時期だったと思う。
理由は大したことではなくて、そもそも愛知では通勤だろうがお出掛けだろうが毎回走るたびにあちこち渋滞に入るから、オイルの劣化とエンジンの調子の良し悪しが判断出来るほどちゃんと走り込んでいなかっただけだと思う。
勿論渋滞でも発進停止を繰り返しで何となく「出足が渋くなったな・・・」と言う感じを受けることも有るからそれはそれで一つのサインにはなるけど、所詮は感覚だから「とうとう自分の感覚も大分にぶって来ちゃったのかな・・・」的なガックリ感と言うか我ながらイヤなおっさんになっちゃったなあ、昔は愛車のことなんか直ぐ判ったのになあなんて毎度ながら年寄りじみてしまったものである。

しかし、所変わってココは栃木。
何と言っても自分が通う方向の通勤渋滞は酷いとは言いつつ、所詮は愛知に比べたらはるかに田舎、失礼極まりない話で申し訳ないけどやはり栃木の方が絶対田舎である、喧嘩を売ってるつもりは無い。
田舎なのに主要な国道は無駄に広い上に曲がりくねってもいない、そしていざとなったら田んぼの真ん中を突っ切ると言う裏道も随所に隠れている。
そうなると俄然通勤だというのにクルマの稼働率が激増する、何せ通勤時間は以前とほぼ同等なのに、移動距離そのものは地図上でも2倍以上なのだから、いかに"移動している"時間が多くなったかということだ。
そんな感じで通勤でもお出掛けでも随分とクルマをフルに動かしてたら、「あ、そうか。そろそろオイル変えないと・・・。」と気が付くようになった。
かつてよりエンジンを使っている分、劣化の差異も以前より顕著に判るようになったと言うこと・・・にして置いた方がいい。
間違ってたら間違ってたで大恥かきそうでそれはそれで困ったものだが・・・。
エコカー全盛のこの時代に"通勤クルマフル稼働"なんて自称環境保護団体に自爆テロでもされそうな話だけど、メカニズムはフルに使い込んでこそメカなのではないか。
そう思う方はその筋の職の方々でなくても判ってもらえる筈だ。

それに正直、である。
残業明けの夜中に誰もいない挙句に滅茶苦茶広い道路なんか目の前にあったら、ストレス発散の一つや二つで走りたくなるじゃないですか。
「アコードナニガシRなんてスポー"ティ"なんか相手にしてられっか!」
って思わず叫びたくなるじゃないですか。
「スバルのドドドドドって音は排気干渉音だ!かっこよくなんかねえ!」って叫びたくなるじゃないですかなりませんかそーっすか。

気にしたら負けよとは言いながら

2014年06月01日 23:28

栃木に転勤してきてから一月余り。
とは言いながら、本社(愛知)への出張は度々発生していて行くことがあるのだけど、意外なまでに取引先とか客先への出張はココに至っても一回も無い。
向こうに住んでいた頃は酷い時には週一位の勢いで行きたくも無い客先との打ち合わせに何時間も掛けて行っていたものだけど、まああれが今となっては代わりに本社への出張となっているようなものかも知れない。

そんな折に会社の研修で久々に社外へ出張することになって、会社の後輩と二人で出た時のこと。
二日間の社外への研修で初日は自分がステアリングを握ったものの、二日目は「そう言えば人のクルマに乗せて貰うのもちょっと久々だよなあ」とか思いながら、まあたまには良いかと後輩に研修先までの運転を頼んでしまうことにした。
何せ自他共に認めるほどの「乗り物酔い」に弱い体質なので、普段いける限りは極力自分で運転してしまうようにしている訳である。
それまでの出張も、大概は自分が出張者の中で一番運転する時間を多く取るようにする位、念には念を入れて自分の"三半規管"を大事にしてきたのだけど、今回は所詮市内を2~30分走るのみ。
それも初日の移動でたいして酔ってしまうような酷い道でもないことは確認済みだから、まあ大丈夫だろうと油断したのも敗因かも知れない。

一言で言えばこの後輩の運転、典型的ないわゆる「AT病」なのである。
運転が荒いと言う表現でもおおむね間違ってはいないと思うけど、極端な話、アクセルペダルもブレーキペダルも「ON/OFF」の2パターンでしか操作しない、と言うかおそらく「出来ない」。
アクセルもブレーキもペダル自体には相応のストローク(踏み代)が確保されているから、本来ならば加速も減速も緩やかにしたり急にしたり足の踏み方加減一つで結構な幅を持たせることが出来るはずだ。
ところがこのAT病、アクセル踏めば加速・ブレーキなら減速と基本この2パターンしか乗り手は認識してくれないらしい。
信号が青ならアクセルを踏むだけ、止まる時はブレーキを踏むだけ、そしてその力の掛け具合は基本ワンパターンしかない、本当に極端な人の場合だけど。
加減速が明確に明確すぎる上では判りやすい運転方法には違いないかもしれない。
但し、これが運転席以外の人に理解と言うか耐えられるかどうかは、当然別問題だ。
乗り物酔いの方々には恐怖以外の何物でも無い「急発進・急加速・急停車」の権化のような運転と言えば思い当たる方々は直ぐ判るだろう。
判る方の場合は大概自分と同類では無いかと言う気も多々有るのだけどそこはまあ置くとして。
結局朝の通勤渋滞とも重なって発進・停止の繰り返し場面まで重なってきてくれたから、ものの10分程度で自分の頭と三半規管は前後左右に振り回されてしまった。
幸いだったのは先ほど述べたとおり、移動時間そのものは30分程度だったからさすがの自分でも完全にやられてしまうところまでは行かなかったことだ。

やられっぱなしのふらつく頭で考えるに、このAT病を克服する手段は有るのだろうか?と言う疑問も湧いて出る。
単純に考えれば加減速の強弱が運転でも必要だと判ってしまえば良いだけなのだろうけど、そんな簡単なことをやってる本人に伝える手段でもっとも良い方方は何なのだろう・・・。