AQUOS PHONE slider

2011年12月30日 21:40

実家に帰省した翌日、何を思い立ったのか実に6年以上も使い込んだFOMA N902にとうとう別れを告げて、スマホへ機種変更した。
どうしてもテンキー時代の動かし方に馴染んでしまっていた私に、あの画面を指でシュッシュッと動かす様がピンとこなかったのが今の今まで携帯の機種変を渋っていた一番の理由だったのだけど、そんな私の思惑をやっと汲み取ってくれたのかあるいは(主に女性に)同じことを思っているユーザーが実は意外と多かったせいなのか、とうとうこんな商品がdocomoでも出てくれたので、"これはちょうど良い機会なのかも知れない"と思い切って変えてしまった次第だ。
とは言えカラーリングからしてそもそも女性向けのスマホに惹かれた自分はどういう頭なのかと心配にもなった。
何せ先に見かけた家電屋では「女子力UP!!」とデカデカと掲げられたブースに並んでいたのだから、正直それだけのせいで買う勇気がなくなってしまった。
カラーリングもいかにもで白かゴールドのみだし。

テンキー付きのスマホ
と聞いて「そんなの意味無いじゃん」と言われる御仁も居るかも知れないけど、少なくとも私個人にとって見ればメールや電話番号をタッチパネルではなくキーで打ち込めるのはかなり重要な部分だった。
現行から次世代へ移るに移れない半端な世代の自分・・・、への一種の救済案と言うのかもしくは折衷案とも言うのか。
おかげでスマホとしては画面が微妙に小さいしそもそもテンキーをスライド収納する為スマホなのにかなり分厚く当然重いのもネックと言えばネックだろう。
元々でかい画面が売りのスマホの形状に無理やりテンキーとジョグを与えたせいか、実はボタン形状なども今までの"普通の"携帯よりはちょっと扱いづらい。
この辺はNEC⇒シャープへメーカーが変わったのも影響はしているだろう、メーカーついでに言えばテンキーで文字をガチャガチャ打ち込んでいても微妙に"@"や濁点などの変換のやり方が異なるので、その辺は慣れが必要だ。
個人的にはNECの変換方法がかなり理にかなっていたと思うのだけど、シャープ型にすぐ慣れるだろうか、とも不安である。

兎にも角にも今は何とか壁紙をとっかえたり、着信音を探したりと出来る範囲で"ミヨシケ仕様"へ展開中である。
使いこなす感覚がさすがに現段階ではまるで先が見えないのは、やはり自分がもう先代なのだからだろうか。
あっちゃこっちゃ弄くり回しては失敗している様を見て母親すら「ねにやっとんじゃ・・・」と突っ込みを入れる始末なので、ホントに先が思いやられる。
アプリを探してくるのももうしばし先の話になりそうだ・・・。
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アラウンドじゃないサーティー

2011年12月25日 19:58

「三十路の世界へようこそ!」とか「三十(ミソ)ですよミソ!!」とか、はたまた「書類に年齢を書く時にちょっと凹むだけですよ」とかあれやこれや・・・。
と、色んな人に色んな言われ方を一月は前からされていたせいか、いざ本当に30歳になっても当の本人は「ああ、30歳になってもうた、こんなもんか・・・」程度の盛り上がりしか見せることも出来なかったりする。

と言うことで晴れて12月25日、とうとうこの本願寺常座衛門ミヨシケは30歳である
振り返ってしまうと「え、もうかよ」思ってしまうし、何も考えていないとその辺を意識することも無い。
30歳になったからって何かが急に変わるわけでも無いので、意識するようなことが起きてもらっても非常に困るのだけど、こんな調子で気が付いたら次の40歳とかになっていくんだろうか。
いや、多分今回はまだ30歳だからそんなにダメージも感じないのだろう、とも言える。
20代から30代へ移行する時の落ち幅と30代から40代へ移行する時の落ち幅は当然ながらまた違うはずだろう。
老いるのは何も悪いことじゃないとは毎度自分に(特に精神年齢がやたら老けていると判った辺りから)言い聞かせてはきていたものの、この辺の落ち幅が思い切りガクンと来たらさすがに凹むんだろうなと不安にもなる。
そうならないような努力も必要だろうし、実際そうならないような活動もしているのだけど。
一番良いのは年齢を重ねても落ちることなくむしろ上がることなのだろうけど・・・、私にそこまでのバイタリティとか何かが備わっているかどうか、そちらの方も哀しいかな自信は無い。

さて、短いながら過去を振り返ると、20代がちゃんとした人生だったかどうか・・・。
他の人がどうかは知らないけど、後悔することなんか腐るほどあるしそれこそ「あの時こうしていれば・・・」なんてのももはや数えたくない位あるのは事実だ。
恥ずかしくて目も覆いたくなるような酷い有様も正直1度や2度じゃない、良くこんなんで社会人になれたと思う、たまにそんな気がするくらいだ。
そんなものだから、自分の中で有意義な10年間だったと言い切れる自信はさすがに無い。
但し、楽しかったことも非常に有意義だったことも意外なほど数多くあったと言うのも自信を持って言える。
これはこれで私にしては非常に大事なことじゃないだろうか。
少なくともこの10年間、色んな人に凄いお世話になったし逆に多少なりともお世話を出来たこともあるとは思う。

そんな節目の日は久々にしっかりとクリスマスも兼ねて色々お祝いして貰えて、終わってみれば結構充実した誕生日&クリスマスを送れた気がする。
コレ位のお祝いは受けても怒られやし無いだろう。

さて、果たして次の10年間はどんな人生を送るだろうか。

今年も残す所

2011年12月19日 23:01

なんてのん気に言ってる場合じゃなくなってきた、もう後2週間もすれば年越しである。

今年も今年でやけに月日の過ぎるのが速いものだと我ながら驚いてしまう。
11月にもなって長期の出張になったり、ひたすら毎日工場で張り付く時期もあったりで年末に向かうにしたがって時の速さがむしろ加速されてるんじゃないかと言う感すらある。
工場のラインに張り付いている間なぞ、ただひたすらライン上を流れ行くモノを見つめながら自分の仕事をひたすらに淡々とこなすだけだから、頭の中は"さっさと早く時間が過ぎてくれないものか"と思ってしまう。
そんな日常を過ごしていると、気が付けばもう一週間経ったのか!と今度は逆に驚いてしまうのである、全く余りにも身勝手な脳味噌だと思う。

ひとまず出張から自宅の布団に久しぶりに収まった頃には世の中はもう完全に冬支度、自分も毎年恒例のご他聞に漏れずさっさとインプのタイヤをスタッドレスに換えておいた。
コレが無いとどう考えても年末年始の実家への帰省は不可能だろう、コレを書いている今の時期ですら既に日本海側の天気予報は雪マーク真っ盛りなのだから・・・。
スタッドレス、は¥をケチったおかげで普段の16インチから15へ落としている、とは言えGCインプのタイヤサイズが元々15インチなのでその辺は影響は一切無い。
但し、安物のホイールなのはともかくやはりインチダウンは格好良くは見えない、車高を落としていないのもあってか不思議とタイヤが小さく足回りが空いたように見える。
とは言え普段の16インチもかなり古い年代モノのせいかあちこち傷だらけだし、そもそも片付けようとすると明らかに重過ぎる。
ホイールも含めていい加減足回りもちゃんとさせたいのだけど、何か踏ん切りが着かないのは何故だろうか。
今時インプで純正足回りなんて言うのも相当に珍しいのに、いざ考えると躊躇が先に立つのは我ながら不思議だ、どうやら何かのタガが外れないとダメらしい。
そいつが何のタガなのか自分でもまだ判っていないのだけど。

タイヤ交換で毎回そんなことを思いながらふと上を見上げると、かつての月食・・・なんてことはさすがにもう無く、薄暗くもまだ雪にはなっていないだろう雨雲が強い風の中を漂っていた。
冬は好きだ。
とは言えこの晴れ間の無い空を毎日見るのもさすがに憂鬱ではある。

記念すべき夜

2011年12月11日 21:56

友達から「ラーメンでも食いに行きません?」と誘われて軽い気持ちでOKを出したらその後に何故か、
「防寒具とか極力暖かい格好もしてきてくれませんか?」
と、何故か意味不明な注文まで付いてきた。
ラーメン食うのに何故防寒具なのだ?屋台じゃなくて店なのに??と不思議に思っていたら、
ラーメンの後に月でも見ませんか?
と言われたので、その時点で実は何も知らなかった私の頭の中は「???」だらけであった。
実の所その日が皆既月食だと知ったのは言われるがままに用意を済ませて出掛けるホンの数十分前だったのである。

とは言え我ながらこんな寒空の中、ある意味何時間もただ空を眺め続けるだけの誘いに良く乗っかったものだと思う。
普段はあまり会わない友人からの折角の誘いと言うのもあったけれど、いつもの私なら正直そんなもんどうでもいいとか言ってはぐらかしながら結局ラーメンすら食べに出掛けなかったんじゃないかと思う。
そもそも月食観察とかそんなアウトドア的なことは一切やったことも無い人間だから、その場の勢い任せとは言え良くもあっさりとOK出してしかもしっかり用意をして出掛けたものだと思う。
防寒具にしても恐らく今まででも最上級な位厚着に厚着を重ねて重装備で出掛けたのだから、口ではそう言いながら本人は至って乗り気だったようである。
とは言え、他の地域でもおおむねそうだったように"欠け始め"の頃は折からの雨雲のせいで殆ど・・・と言うよりは全く月の姿を確認することは出来なかった。
ラーメン屋で待っている間も、更に雲が晴れる時間を待って時間稼ぎに入ったファミレスででも何度か外へ出て確認はするも上空は雲一色。
何も見えない空を道路脇でぼけ~~っと眺めている私の姿なんか、巷のドライバーから見たらただのバカに見えたに違いない。

ツイッターなどでもアチコチで見えないと言うのを見て諦め気味の友達連中を尻目に、23:15分頃再び私が外へ様子を見に行くと、うっすらといつもとは明らかに違う明るさの月をついに発見。
少々慌て気味にファミレスへ戻り3人揃ってその駐車場で月食を眺めると言うなんともおかしな観測が始まってしまった。
ほぼ真冬でしかも雨上がりだから気温は容赦なく冷え込んでいる。
とは言え自分は結局邪魔くさくて重いコートは脱ぎ払っていつもより一枚二枚多めに着込んだ姿でじ~っと皆既月食を眺めていた。
皆既状態の地球の影に完全に隠れた月の色は実に独特だ、そもそもかなり暗く肉眼でも普段の月とは明らかに違う明るさだと判った。
写真でも良く見るような赤っぽい色は肉眼でも確認出来た。

見え出した時点で既に皆既状態だったので、私と友人達はゆっくりと・・・本当に徐々に月が"元に戻る"のを見ながら、世間話とも何とも言えないかなり色々なことを話していた。
相当久々に色々な話をした気がする。
ファミレスの駐車場で3人揃ってぼんやりと晴れ間の除いた夜空を眺めながら・・・だ、端から見たら何ともおかしい光景だったに違いない。
随分冷え込んで皆寒いのに、クルマに暖まりに行くこともなくホントにただず~っと月を眺めていた。
月食が終わりインプに乗りながら"あの"1~2時間は実に不思議な時間だったような気がする。そう思いながら自宅へひた走った。
ただ、何かしら悪くない、いや良い時間を過ごせた気はする。
何ともいいようの無い満足感を感じることが出来ていた、月食の中のせいなのか、彼らとの会話せいなのか・・・。
今は理由は判らなくても良いとも思う。

意外と莫迦なままである

2011年12月01日 20:23

長々と延長しまくった出張からやっと夜遅くに帰宅して大人しく休めば良いものを、不安なのか用心なのかはたまた気が触れたのか、結局休眠満喫していたインプを真夜中に叩き起こして慣らしておいた。

実の所、自分が思っているよりはまるで何も問題も無かったのでむしろ安心を通り越して拍子抜けしてしまった、問題だったのはタイヤのエアが少々抜けてたのとそもそも通勤できるかどうか怪しいくらいガソリンが無かったこと位だ。
気になるようなオイルや冷却水のにじみも一切無かったし、エンジンはあっけなく掛かり、錆付いたローターがしばしキーキー言うのを(冷間時は毎日こうなのだけど)熱を入れつつこそぎ取ったらもはやいつもの運転風景になった。
肝心の自分ですら、借りていたストリームの感覚からインプへ戻すのにそんなに時間も掛からなかった。
ストリームよりステアリングが軽いと思えたのが何故だか不思議でしょうがなかったが・・・、インプのパワステは重いことで勇名だったのに。

結局晩飯ついでに1時間ほどぐるぐると徘徊して出張明けの身体を休ませるどころじゃなくなっていた。
運転で気晴らしなんて本当に今のご時世に逆らっているとしか言いようが無い。
いい歳してまだ莫迦なのだろうか、そう思ってはいても気分は悪くなかったのも事実なのだけど。