座椅子どころかちょっとした布団

2010年08月23日 19:49

実の所,大学の頃からずっと自宅では床(の上にカーペットは敷く)に座り込んでのちゃぶ台生活を送って来ている,一度なりとも自分の家に入ったことのある方なら覚えているだろう通り,いわゆる勉強机とかパソコンデスクの類は一切無くて,その部屋の中央に鎮座している真四角正方形のちゃぶ台こそが私の自宅での文字通りの「生活基盤」なのだ。
当然ながらちゃぶ台なので,椅子ではなくそのまま自分が床にべったりと尻を下ろして食事なりPC作業なりにいそしむのが基本となるのだけど,実は会社勤めを始めてからこの方ソファや座椅子の類を一切使わずにちゃぶ台の前に座っていたという変な(?)経緯がある。

とは言え,昔栃木に居た頃は部屋が狭いこともあってちゃぶ台のすぐ後ろにベッドがあったから,そのベッドの角に背中を預けるようにして過ごすことが多かったので(角そのままは痛いのでさすがに座布団なんかは挟んでました),体勢を維持するのが辛いという感じは無かったと思う。
実質的には背もたれがあるようなものだから無理な姿勢を続けることにはなってなかったのだ。
問題なのは,こちら愛知に転勤になってから。
当然部屋の間取りも変わったしそもそもベッドが無いから,広くなった部屋のど真ん中にちゃぶ台をポンっと置いたまでは良いものの,さあそこからが意外と大変で背中も肘も何も寄りかかるものがないと姿勢を維持しているのが相当辛くなってしまった。
脚を楽にしようとして前に投げ出すと,途端に背中は勝手に後ろへもたれようとする,それを我慢して持ちこたえさせるともはやこれは腹筋の鍛錬の世界で,結局今の今まで胡坐のような正座のような・・・兎にも角にも中途半端な姿勢でずっとちゃぶ台の前に座ってあれこれこなすしかなかったのである。
おかげでくつろぐはずの自宅で毎日殆ど脚の痺れと挌闘する羽目に陥ってたのだから正直笑えない。

いっそ布団でどうにかしてしまおうかとかどうでもいいやり取りを経て,結局今になってホームセンターで座椅子を買ってしまった。
肘掛け付きのサイズも少々でかすぎるのはさて置いて,ひとまず座面と背もたれさえある程度確保出来れば充分だと思ったのだけど,いざ座ってみるとこれがかなり具合が良い。
以前とは打って変わって脚を前に投げ出して伸ばせるし,その状態でゆったりと背中を預けても(当たり前だけど)しっかりと支えられてかなり落ち着ける。
スライドも回転もする訳がないからちゃぶ台から立ち上がるときに少々面倒なだけで,一旦姿勢とちゃぶ台との位置が決まれば後は全く問題無い。
今更こんなことで落ち着けるとは夢にも思って無かった。
夢にも思ってなかったついでなのかよほど身体が楽になっているのか,食事の後になると大抵居眠りしそうになると言うオキラクな「副作用」まで付いてきた,冬場は風邪も引くから気を付けよう。
ともあれ,ちょっとした手直しで随分過ごし方を変えられるものだと我ながら感心している今日この頃である。
スポンサーサイト

何かが終わった日:坂の上の雲3

2010年08月15日 23:37

結局全八巻を読み切ってしまった、いざやり出すと思ったよりは早くやれてしまうものらしい。
自分の掌の中では日本海海戦が連合艦隊の文字通りの「完勝」で終わり、ポーツマス条約も締結され、残る二人の主役:つまりは秋山好古と真之の兄弟も日本へ帰還してそれぞれの最期までを把握した所だ。
そこまでを終えた時点が今日の終戦記念日の八月十五日と言うのが何か因縁めいたものを感じてしまう。
終戦と言いつつもこの日は完全なる日本の無条件降伏、つまり敗戦の日だ、だけど自分の掌の中は・・・日本がロシアに勝ち(実際は際ど過ぎるまでの辛勝でしかない、少なくとも陸軍は)その奇跡的な現象に国民は不覚にも酔ってしまった辺りにある。
筆者の司馬遼太郎自身がそこに何度か書いている、と言うより指摘している通りこの明治維新直後とも言える時期の日本とその後昭和の戦争前後の日本においては、その政治と軍の組織がとても同じ国のものとは思えない程に動き方も思想も違っていた事実が、小説でありながらはっきりと理解できる。

その辺の観方についてあれこれ論じた所で所詮揉めるだけなのでこの辺で投げてしまって、兎にも角にも坂之上の雲を読み切った。
連休中の暇潰しと言うには十分なことをこなし切れたんじゃないかと自賛したい所だ。
正か誤か、そこはおそらく最期まで線を引ききることは出来ないとは言え一つの大きな知識を知ることが出来たのは大きいと思う。
脳にある程度以上の刺激を与えられたと言う意味では確かに大いに与えることが出来たはずだ。

そんな達成感を覚えつつ未来への絶望へ向かって明日、戦地と言う名の職場、つまり自宅へ戻ります。
自分が持ち得るモチベーションの根源はタダ一つ。
"やる気はあるよ・・・給料分。"
これだけでも十分に過ぎる。

気分はバルチック艦隊(しかも移動中の;):坂の上の雲2

2010年08月13日 19:57

実家に帰省していると毎度の如く暇を持て余し、食うか寝るかしか文字通り「能の無い」行動しか取らない…いや取れない自分からすると、今回の「坂の上の雲」読破大作戦はかなりの壮大なプロジェクトじゃないかと言う位のシロモノだと思う。
少なくとも実家のPCではMHFはまるでただ起動するだけで後は動くこともままならない(そもそも実家のPCでは作動可能な最低環境すら満たせていないのが実情)から、今回ばかりはほとんどそっち方面は切り捨てて諦めてしまったのもプラス要因だと思う。

兎にも角にも全巻読み終えようと全八巻をばっと実家の本棚から自分の仮部屋へ運び込んだはいいものの、一巻ほど読み終えた時の時間の過ぎようと自分の疲労困憊振りからして「壮大な」が意外と冗談でも誇張でも何でもない気がして少々途方に暮れそうになった辺りが前回の記事の辺り。
さすがにこの辺は根っからの本好きでもない自分の能力の低さが際立って表面化したとしか言いようが無いかもしれない、読む人ならばそれこそこの位は一気に行ってしまうのだろうか?とか意味の無い比較まで思い立ったもののもはやそんなことも言っている場合ではないのである。
ある意味不幸なのはそんなことを言っている場合じゃないと言う位、少なくとも自分の中ではこの日露戦争前後の物語に強烈に惹かれてしまっていることだろうか、惹かれた以上はその末路までしっかり見届けなければならないのがむしろ当然であって、潔く「じゃ、残りは今度どこかで」と言う心境になる訳が無いのである。
この手の意地っ張りになると、もはや血の繋がりを嫌でも感じる両親婆さん連中でも匙を明後日の方向にブン投げてしまうのが自分の長所であり短所である「らしい」。
とは言えこの辺の意地っ張りと言うか頑固さはどうも昨年ぽっくり逝った祖父さんに似ているようだ、だから遺伝は恐ろしい。

こんなブログに書き込む時点で、自分の中の坂の上の雲は日清戦争が終わり、日露戦争が勃発し正岡子規は亡くなり旅順艦隊のマカロフが「運命の一弾」で吹っ飛び203高地も旅順もやっとこさ陥落し、ステッセルは降伏し、と思ったらバルチック艦隊がついに出撃してインド辺りまで回ってきて、陸では奉天会戦が勃発…と大分終盤まで漕ぎ着けた感じである。
この時点で今七巻、確かに終盤だ。
ラストは誰もが(?)知っている日本海海戦、連合艦隊究極奥義「トーゴーターン」(これが本当に名づけられてるからしょうがない)をぶっ放し、連合艦隊の目的である「敵艦隊を1艦残らず殲滅」をほんとにやってのけてしまう所までである。
史実で知っていようが、またそれの詳細を小説で知ろうが、今一度その激動を読み通すのが楽しみとしか言いようが無い。
チャット亜音速化とこのブログの長文癖の正体が、実は意外なほど活字離れしてない性分に有ったことに今更気が付きながら連休の良い暇潰しも、とうとう仕上げの段階に来ているようだ。

坂の上の雲

2010年08月11日 20:32

自宅にいるときと実家にいるときと圧倒的に違うことの一つに、TVが写るか写らないかと言うのがある。
もはやアナログケーブルなんか買う気も失せてしまいまったく文字通り砂嵐しか写らない自宅のTVと異なり、ここ福井の実家は民放2局と言う人によっては地獄でしかないような放送環境においても、茶の間の情報源として絶賛稼働中なのである。
おかげで、連休中でこうやって帰省している限りは必ずと言っていいほど知ってても知らなくてもどうでも良い情報がほぼ勝手に耳と目に入ってくる。
有り難いのは'08年の五輪だったり、今の時期ならば当然夏の高校野球辺りはさすがに見てて退屈しない、今年なんか接戦は本当に接戦だから9回まで意外と目が離せなくて面白い。

それとは真逆なのがバラエティとかドラマはともかく、実は意外とニュースもだったりする。
目下接近中の台風はなかなか重要だとしても(おかげで毎度の如く婆さんと畑に出て杭を打ち込んだりしたのは公然の秘密)、北米のバス事故なんかなぜあんなに連日放送する必要があるのだろうか、と訝しく思えてくる。
中身そのものは「夏休みを利用して観光していた先での事故」、これで終了だ。
連日のように起きてしまっている海での遭難事故と大勢は差が無い、なのに事故原因から旅行会社の謝罪、挙句にツアーが向かおうとした先の観光地までご丁寧に解説が付く始末。
同じ連休中に起きてしまった事故、なのにこの扱いの差が不思議でならない。
ただでさえTV離れしていた私なんかあまりの「しつこさ」にうんざりきて、つい見続ける母と婆さんををさえぎってチャンネルを勝手に変えると言う暴挙に出てしまった、大人気ない。
とは言えその手の報道を見るに付け家族全員で「連休中なんか出掛けるものじゃない。 」と言う結論で一致してしまったのはやはりなのだろう。
こうやって遺伝は続くのである。
親に似たくないと思ったあなた、大体勝手に似ますから諦めなさい。

そんな感じで実際実家で惰眠とただ飯(!)と畑仕事を貪っているのだけど、さすがに暇つぶしの一つは必要だと言う訳で大体連休中は本を読むのもパターンになっている。
ジャンルはその都度色々、漫画は自宅へ持ち帰るのが億劫なので滅多に無いけど、雑誌だったり小説だったりとにかく出来るだけ時間を埋めるのに適したものを読んでいる。
本は思い切って買うこともあるけど、大半は実家の本棚を漁っては見付けて来る。
そこでふと今年見付けたのは「坂の上の雲」だった、NHKでドラマ化されている真っ只中だから知っている人がいるかも知れない。
自分がこの小説を見たのは数年前、実家の新聞に連載(再連載?)されてた時だった。
同じように帰省していた都合で一月程度しか読んでいなかったけど妙に興味を惹かれてた記憶がある、日露戦争辺りの細やかな背景や知識を見たのが初めてだったからかも知れない。
主役の一人、正岡子規が「野球」を翻訳した人だと言うことも実はここで知ったし、「俳人が野球??」と言うありそうな無さそうな疑問を持ったのもここが発祥だ。
それが、ドラマ化ついでなのか実家にしっかり文庫本があったのだから、ミーハーな父親(これも自分と一緒)がいきなり揃えたのだろうかとここは感謝しつつ、この物語の読破を今回の連休中の暇つぶし兼ノルマに化してしまうことにした。
ところが、日清日露戦争前後を背景にしているこの話が存外に長くそして壮大だ、NHKがドラマ化で相当金も掛かっていると聞いたけどあまりホラでも無いと思う、自分にしてもノルマにしては結構ハードだ、正直ギリギリになりそうで悩ましい。

さて、長々とした駄文はここらにして一気に進めるとしようか…。

座禅なんか組んでる場合じゃない

2010年08月09日 13:40

渋滞情報で溢れかえる名神高速を避けたつもりが、結局下道も渋滞していてむしろ逆効果な文字通りの「遠回り」をしながら帰省する羽目になってしまった。
どうにも流れている程度なら無理してでも高速道路に上がってしまう方が結果は良いようだ。
今まで上信越道なり関越道なり、はっきり言って帰省ラッシュとはまるで無縁な高速道路しか使ったことが無かったので、この辺の対処の仕方については正直甘く見ていた気がする。
次回からは気をつけたほうがよさそうだ。

そんな這々の体で実家へ帰省したのも束の間、今回は久々にメガトロン様…もう言い直すのも面倒だから放って置こう、が実家は福井においでなすったので何処か行く所は無いものか、と東尋坊と原発以外存在価値の無い福井(あながち間違ってない)に何か無いかと探しに探した挙句、曹洞宗は総本山永平寺へ(いまどき公式じゃない…;)、実の所私自身永平寺には一度も行ったことがないという、観光名所によくあるパターンを見事に実演していた為、折角のこの機会にと日帰り参拝の旅へ参った次第なのである。
何と言っても冬になれば大雪に埋もれてそれはそれは行くだけでも大変な思いをしそうな山奥にある寺なのだけど、今は夏場なので暑ささえちゃんと凌げれば道中の苦労はほとんど無し、さすがに山道なので乗り物酔いにはご注意といった感じだろうか。
さすがに曹洞宗総本山、の謳い文句がつくだけに寺の周辺は微妙な観光地的な風情が満点で寺へ行くまでの通りにはしっかりと駐車場と土産物屋が並んでいる。
こればっかりは日本全国津々浦々どこの観光地の寺院へ行っても変わらない景色だけど、正直景観上どうなんだろうかと毎回悩まされる、中尊寺金色堂ですらそんな感じだったし。
山中とは言え日向の暑さはやはり今年の猛暑どおりなかなかじっと立っていられる代物じゃない。
寺院内は全て通路で一通り繋がっており常に日陰を歩きながら参拝経路を通れるのは有難いのだけど、山の傾斜まんまに建物があるようでことごとく出てくる階段には結構疲れた。
「永平寺は階段が多すぎて嫌いじゃー。」とは近くを一緒に歩いていた婆さん連中の一言である、お気持ち判らなくも無い。

座禅に徹する曹洞宗らしく寺院の造りは至って質素な雰囲気が漂っている、当たり前と言えば当たり前だけど日光東照宮のようなド派手でアピール度全開とはさすがに趣は違うようだ。
この辺は中尊寺と似通っていて私個人的には結構好みの部類だ、表の土産物屋と言い参拝料もしっかり取る所と言い少々辟易する部分があるものの、中に入ればさすがに厳かな雰囲気に落ち着かされる。
あっちこっちと長い階段を上ったり降りたりで永平寺内ほぼ全てを巡り歩くと、あちこちに若い修行僧たちに出くわす。
ふとメガトロン様に「皆クロブチめがねじゃな…」と言われ、ハッと振り返って見ると確かにメガネの修行僧が多い上に皆本当に立派なクロブチメガネである。
派手な色だとやはり修行の妨げなのだろうか、それともここがやはり福井県なのだからだろうか…あまり深くは考えない方が良いようだ。
とは言え今時よくあんな若い人たちもこんな所で修行しているものだとちょっと感心してしまう、実際若くしてこの道に入る方々も意外と多いらしい。
山奥に佇む禅寺、その趣はさすがに満点だと思う、冬に大雪に埋もれた姿もかなり風情があるので、雪道さえ問題なければ行って見ても良いかも知れない。

ちなみに良くある禅の体験自体は予約がいる上しっかりと一泊して丸一日体験できるものなので、今回は無し。
やってみたい方は事前にご予約の上是非どうぞ、悟れるかも知れませんし悟れないかも知れません。

何気に車検一ヶ月前

2010年08月01日 23:29

2010年の9月が車検・・・,何と言うかこの時期の車検ともなると何か謀られたと言うか凄い複雑な気持ちだ。
何せ,今や旧政権(?)の亡き遺産とも言うべきエコカー減税の真っ只中,こっちがどんなに頑張って気合を入れつつ車検を通そうとしても少なくとも相手がクルマを売るディーラーの場合,絶対に「仕掛けて」くるには違いないのだ。
今回の車検を無事に通せば,とうとうインプはこれで満17年を文字通り「情け容赦無く」走り続けたことになる。来年にもなればともすれば,このインプよりも会社に入ってきた高卒の後輩社員達の方が生まれが遅かった,なんて一言聞けば冗談とも取られかねない事実が起こりそうになるのだ。
そう考えるとたかが一台のクルマ相手にも「歴史」を感じてしまってしょうがない,そうでなくともこの自分のインプが最初に工場を出て最初の乗り手に出会ったのは自分が12歳の時,つまり小学生の時なのだからそもそも乗っている自分からしても気の遠くなるような話だ。
そもそも12歳の時にはクルマになんか殆ど興味も無かったのが事実だと言うのに・・・,一体何の因果があれば私はこのインプに乗ることを決めたのだろうか,たかがクルマ相手に何言ってんの?と言われればそこまでだけど,当の本人がそんな縁を経験している為になかなかどうして因縁にも近いものを感じざるを得ない。

果てさて,スバルのディーラーからは既にその車検のお知らせが届いている,・・・勿論しっかりと「新車購入の際の云々」とか言うチラシも付いて,だけど。
やはり車検の時期は「売る側」からすれば格好のタイミングなのだろう,ましてや今なら同じインプレッサでも4ドアのSTI(しかも相変わらずなトヨタにしか見えないリアデザイン以外は結構良い)までデビューしたばかりだから,向こう様からすればやる気満々と言った風情だろうか。
ま,そんなものはほったらかして車検を通すこと以外まるで考えていない,ここまで引っ張っておいて結論はそれしかない。
「新車買うの?」と期待した人,人を甘く見過ぎです,出直してらっしゃい。
スバルからのお知らせはともかく,今回も特に意識もせずに直接ディーラーで車検を通してしまおうと思う。
安い方法はそれこそいくらでもありそうだけど,どうせなのだから餅は餅屋にしてしまおうと言うのん気な思考の結果だ。

あっちこっちにガタがきているのはもはやお馴染みとして,確実にどうするか考えないといけないのは①相変わらず音がするくらいガタガタになった運転席の窓,②滑ってないけど結構な勢いで削れてるクラッチ,の二本立てだろうか。
①も②も以前ココで記録したはずだから今更追記することも無いけど,結局は過激な戦場で武器をだましだまし使い込んできているのと同じ様な感じでどうにかなった,と言うよりどうにか「してきた」と言う方が正解だろう。
窓なんか本気でいつか落ちるんじゃないかと思っていながら,ついぞ富士の横Gでも落ちなかった。
クラッチも,よくよくトライしてみたらペダルの実は7~8割戻さないとようやく半クラにならないくらい「やって」しまっていた,半クラ⇒完全に接続までの"余裕代"はほとんど無いと言っていい。
これじゃ誰かがパッと乗った程度じゃ絶対エンストする。
正直ディーラーにも何度も行っているのに一度も指摘が無かったのが不思議と言えば不思議だ,MHFのフレ連中からですら「やばいんじゃね?」と言われている始末なのに。
滑ってなければ結局は操作上の楽かそうでないかの問題なのだろうか?確かに多少手荒に繋いだとしても,ショックが起きるとは言え滑る気配はまるで無いから「ガラスのクラッチ」とまで揶揄されたシロモノにしては正直かなり強靭だと思う。
実際の所ディーラー,しいてはメーカーに一定期間見て貰えるのは重要だと自分では考えているから,①・②含めてアラ探しは済ませておきたい,連休明けにでも一度叩き込んである程度は判断つけたいと思う処だ。
何も無ければすぐ終わり,あればあったで・・・コストとモノの重要度との比較でしかない,変な所にケチってクルマモロとも死体になる気はさらさら無い。
さて,向こう様の診断結果や如何に・・・と言った風情だ。