またっすか!?

2009年12月29日 14:29

毎度お馴染みの様に今は福井は嶺北山中に潜伏…もとい帰省して全自動タダ飯のお世話になっているのだけど(但し食器などはセルフサービスです、ご了承下さい)、ここにきてまたしてもインプの燃料ポンプが死んだ、うんともすんともエンジンが掛からない。
ある晩に出掛けようとしてエンジンを掛けたのだけど、セルだけが「ガリュリュリュリュリュ…」と虚しくも空回りしているような音を立てるだけでまるでエンジンに火が入らない。
数年前のかつての惨事が頭をよぎる…、セルが回るし室内灯もばっちり点く、と言うことはバッテリーじゃない。

「と言うことは、燃料系か?」知り合いのつてで来てくれた整備士のおっちゃんのパッと出た結論もそれだった。
「ポンプが動いていないからたぶんそれじゃないか。」
いやしかし、燃料ポンプは何せ当時修理を完了したはずだ。
それがたったの3年で?にわかには信じられないのだが、曰くスバルの燃料ポンプが弱いのは有名らしい。
それにしたってたった3年かそこらで…、とあれこれ詮索のひとつもしたくなる、そもそもポンプ停止⇒停車確定フラグだからそんな簡単に止まる代物だったらいけないはずだ。
これにはちょっと納得出来ない、前回の修理の時も「よほどの劣化か何かないとまず起きない」と自分で聞いて書いたじゃないか。
けれども結局診断結果は「ポンプまで電源は入ってきてるから、間違いなくポンプが死んでる…;」。
どうやら修理と並行して調べてみる必要がありそうだ、タダでさえ年末年始で時間もあるようでないこの時期に痛すぎるのだがとにかく部品の手配は頼んでしまった、背に腹を変える時間も余裕も無い、本当は金も無いけど買い換える金ももっと無いから手段は一つだ。

おかげで、何の因果か連休中は再び亡き祖父さんのスプリンターを拝借して毎度鞭くれてやる日々となってしまいそうだ。
本当に何かあるんじゃないかと思ってしまう。
師走は本当に忙しない、余計な事で時間も暇も食われる。
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売れ残りのケーキ

2009年12月25日 23:51

私の誕生日は12月25日,と言うことで幸か不幸か・・・本当に幸か不幸か日本特有とも言える12月24日のクリスマスイブの大盛り上がりが急激に冷めに醒めた翌日に,知ってる人に落ち着いて穏やかに祝われる。
これが最近の自分の誕生日の風景になっている。

しかしあっという間の28歳だ,聞き飽きたような台詞だけど社会人になってからのこの時間の早さは本当に信じられない。
一日が,一月が,そして一年が気が付けばはるか後ろだ,これは時間を有効に使えているから経つのが速いのか,逆に全然巧く使えていないから無駄に速くなっているだけなのか・・・。
休日に限れば明らかに後者の確率がでかすぎて困るのだけど,平日にしても朝起きて仕事に出かけて難儀な話ばかり出てきてどうにか夜に帰ってきて飯を食って風呂に入って適当にモンハンやり込んで後は寝る,これも有効かと言われたらはなはだ疑問だ。
仕事の内容はともかくまるで同じ平日の繰り返し,幸いなのは仕事を仮にも一定こなしている以上は社会的義務と生産活動は実行できていると言うことか。

この歳まで息災に過ごすことが出来たのは兎にも角にも立派に良かったことだ,有り難いことに「さっさとホトケになった方が」,と言う不幸かつ不届きな感覚にはならずに過ごすことには成功している。
とは言え「これで貴様も立派なあらさーじゃのう~,うっひょっひょ~♪」とうちのメガトロン様に言われてしまうと,何とも誕生日を喜んで良いのか老いて悲しむべきなのか・・・,身近な人に言われるとこれもまた良い感じに一発入ってしまう。
そもそもアラサーと言った所で所詮は30歳手前なのだから何の格好も良くも無い,無理矢理カタカナで逃げてるだけじゃないか,言われた本人はむしろガックリ来るんじゃないかと思う。
アラサーごときでこれなんだから,自分がアラフォーなどど呼ばれたときには・・・,その頃にはアラフォー自体死語かも知れないけど,下手したらもっと酷い言葉が出来上がっている可能性もある,恐ろしい。

さて,28歳になった一年がまたスタートする。
どんな一年になるか,いやどんな一年にするか,か。
考えれば考えるほど深みに嵌るこの迷路をどうやって進んでいくのか,それが判るのは結局また一年後なのかも知れない,願わくば今年より戻ってしまっていた,と言うことが無いのを祈るのみだ。

敵は身内にあり

2009年12月20日 21:22

数年振りだろうか風邪を引いてしまった,本当にここ3年位はこのクソ寒い冬場でも全然風邪もインフルも掛からずに過ごせていたのだから,自分でもその久々の身体の異変にちょっと驚いていた所だ。

熱があったら・・・さすがにこの時期では色々危険な香りがぷんぷんしていた所だろうけど,幸い測っても36度ちょっとで至ってまともであった,とは言えこれまた体温計のお世話になるのが数年ぶりだったから,気が付いたら電池切れという泣きそうな事態に陥ったのは公然の秘密である。
確かに健常者が常に体温計のことなんか気にするはずは無い,無用心と言われればそうなのだが;
私の場合,風邪で真っ先にやられてしまうのは元々あまり良くない鼻とそして喉だ。
特に喉なんかかつて医者に掛かった時「扁桃腺がでかいですねえ~♪」としみじみ言われてしまった位どうもやられやすいらしい,完全に風邪を引いた水曜の朝も真っ先に気が付いたのは喉の痛みでだった。

インフルエンザじゃなかったから良かったものの,当然ながら風邪を引くと何かと辛い。
喉が痛いから喋るのにも苦労するし,身体の節々はだるくて痛いからあっちこっち歩くだけでも気が遠くなりそうになる,ましてや身体を温めないといけないのに会社は例の経費削減でろくに暖房も入らないから,だるけも取れずいよいよ無いはずの熱まで上がりそうな勢い,いざとなったらもはや全てほったらかして休んでやろうと思った位である。
幸い電池が復活したすこぶる好調な体温計でも熱が上がる素振りは数日見て取れず,今では喉も大分治っては来た感じだ。
腹にモロにダメージが来るのが怖くて薬は一切飲んでないとは言え(飲むと間違いなく下すのでそれも怖い),やはり1週間かそこらは完治まで掛かってしまいそうだ,さすがにその辺は若くは無い,泣きそうだが。

それにしても本当に久々なので何か原因なんかあるんじゃないかと思う。
ここ最近は特に色々有ったせいで得意の水泳にも真面目に行けてないし,そこに来てのこの寒波だから身体自体もやはり弱ってはいるのだろうか。
今通っているプールは水温はむしろ低い方だから,その意味では鍛えられてそうだったけど,やはり回数も大事と言うことか。
けれど,今判っているのは直接の原因は間違いなく先日の四十九日の法要だと言うことだ。
誰がどう見たって普段会わない人々が一同に数十人も集まる場所に行けば(それも所詮大部屋一個分の空間で,だ;)悪いものの一つや二つ伝染されても何の不思議も無い。
インフルのことも有るから大分用心したつもりだったけれど,やはりそんなに甘くは無かったようだ。
しかし,その直接の更に諸悪の根源は実は我が妹だった,何故ならこやつめしっかり風邪を引いたまま実家に帰省してきたからである,敵は身内どころじゃない,超弩級で目の前にいた。
そしてそして,極悪なのは何気に同じ県内で働いている妹を送らないといけないと言うことで,しっかり自分のインプで3時間ほど同乗していた,と言う事実だ。
・・・伝染されて当たり前じゃないか;本当に諸悪の根源が目の前で居眠りこいているのだから・・・。
今の自分のインプには洩れなく風邪の菌か何かおっかないのが妹と自分ので二人分蔓延していると言うことだ,この寒い冬空の中思い切り窓全開にして換気してみたけど,多分まだ当分は残っているだろう。
知り合いの方々,とりあえずしばらくは私にあまり近付かないか少なくとも同じクルマに長時間同乗しないことをお勧めする。
絶対伝染させれる自信がある,経験者は語る,そして伝染させて速く治したい,まごうことなき本音である。

じいさんのスプリンター

2009年12月16日 19:39

ひとまず葬式の時よりは何も起きずに,無事に四十九日の法要も終わった,・・・ような気がする。
まあ何せお葬式とは違いそもそも四十九日後辺り,と初めから予定が組んであるのだから帰省する自分にしても準備を進める実家の家族にしても多少なりともの余裕はあったんじゃないかと思う。
とは言え,葬式の二の舞になりやしないかと日にちが近付くにつれてドンドンテンションが落ち込んでいったのは前回書いた通りなのだけど・・・。

兎にも角にも実家へ飛んで帰る,栃木と違って良いのは何せこの距離だろうか。
名神からノンストップで行ってしまえば優に2時間程度で実家へ帰省出来るようになった,かつては7時間超えだったことを考えると如何に今までの生活圏,つまり関東が自分の生まれの地から遠かったか判る。
ひとまずは家族に顔を見せすぐに仏間へ,ふと見ると仏壇の所にじいさんの生前の時計とか帽子があれこれ置いてあった,いくつかは自分でも見覚えがある。
それら遺品とじいさんの遺影を見るとさすがにグッとこらえなくてはいけないものがくる,たかが四十九日,されど四十九日。
もうそんなに日が経ったものなのかと驚かずにはいられない,「はええのう。もう四十九日。」と母がしみじみ言ってたのも良く判る。
法要自体は特に何も問題もなく終了した,納骨で初めて実家の墓の「」を覗くことが出来てしまったけど,先代のこの墓の主,つまり私の曽祖父の骨と思しきものは全くなく綺麗に土に還っていたようだった。
まあ無事に極楽浄土へ参れたと言うことだろうか。

そしてじいさんの遺品,さすがに何十年もこの家に主として住んでいただけにこれが意外にあれやこれやと他にも出て来るのだから何とも奇妙といえば奇妙だ。
まあつい最近まで普通に過ごせていたから当たり前と言えば当たり前かも知れない。
そのじいさんの遺品の最大級(?)のシロモノがトヨタのスプリンター,つまりクルマ一台だ。
トヨタのスプリンター,と言ってピンと来た人がいたら・・・多分その人にはごめんなさいしないといけないだろう。
残念ながら今も人気のあのハチロクでは全然ない,世代的にはその3世代ほど後のスプリンターセダン,これがじいさんの愛車だった。
クルマ自体は当時のカローラ・ターセルの兄弟車,じいさんほどの中高年齢層ともなると「クルマといえばセダン!」の言葉が充分通じる世代だったから,その辺の世代向けとして,或いは商用車としてそれ相応に数が出ていたと思う。
大抵今でもこの手のクルマを見かけると,大抵がじいさんばあさんだ。
そんなスプリンター,葬式の時から送迎に人手輸送にと主がいなくなったにも関わらず何故か急に出番が増えてしまった,平日ですら親父殿が気軽に乗ってるらしい。
ここ最近はじいさんが乗る姿すら全然見かけなかったのに・・・。
しかもこのクルマ,じいさんが亡くなる2週間ほど前に新たに車検を通したばかりだと聞くからこれまた奇妙なものだ。
クルマにオカルトを絡ませるのは正直バカらしいと言うのも重々承知なのだけど,どうにもじいさんの形見として残りたがったと言う感じもしなくもない,現実に目の前で経験しているのでそう思わざるを得ないのだ。

何と言ってもこのスプリンター,乗り手の世代を反映してしまった(?)為か何と立派に5段MTなのである,と言うよりじいさんのこれまでのクルマでAT経歴が無いのだからなかなか凄まじいお年寄りであった。
70歳過ぎても平気で踏み込む,危ないと言ってはいけない,本当に危ないのだから・・・;
ベースがカローラだけに感覚はもろ実用的,ステアリングはおろかペダルもシフトも情けない位柔らかい,インプのノリでやったら本気でペダルが戻らないのじゃないかと変な不安になる。
FFだからシフトもワイヤ式全開のフニャフニャさ,但しストロークは大きいし入った感は割とあるので感触に慣れれば・・・取り敢えずは問題なかった。
但し侮る無かれこのスプリンター,グレードによっては1t切ってしまう軽量振りだけにこれが充分走りに走る,大人4人乗車でも街中をそろそろと抜けるだけなら何の問題もなしだ。
挙句に燃費も好調,取り扱い最優先の実用車の権化とはこういうものなのだろう。

車検を取った以上2年はこのまま親父殿辺りが乗り続けるらしい,親父は完全にAT乗りと化してるのにあのおっさんも良くやるもんだと思う,スプリンターのクラッチは癖が無いとは言えクラッチ操作を思い出すにはそれ相応に時間は掛かりそうだろう。
そう言えばたまたま葬式の時にインプを親父殿が乗るハメになった時はエンストしまくった挙句「こいつのクラッチは扱いづらい! 」と文句を垂れていたのを思い出した。
確かに自分のインプはスプリンターのそれと比べたら特化し過ぎかも知れない,フラホ換えてるしね;
そんな感じでスプリンターはまだまだ出番があるようである,いいことだ。
いっそこのまま次は弟のクルマにでもしたらどうだろうか。

四十九日

2009年12月12日 11:30

四十九」,少なくとも日本国内ではかなり嫌われている数字の並びの一つだろう。
古代インドが7進法だから7x7で偶然でそうなったと言っても,何かの因縁は感じざるを得ない。

亡き祖父の法要の日が迫ってきたのでこれから再び実家へと赴く。
正直葬式の時のマイナスイメージも大分あるので色々な面で気が重くてしょうがない。
と,言った所でそもそもお葬式と法要で浮かれた気分になったらそれはそれで異常な感覚だろうから,今の自分のテンションが割と正常なのかも知れない。
まあ遠隔の自分でこの有様なのだから実家の喪主である父母の方が余程大変だろう,残念ながら田舎だけにその辺は古風かつ伝統的というか因習的な部分も否定できないから,近所付合いとか勿論それに掛かった¥の面でもあまり良い思いはしていないだろう,だからその手のものは廃れる所ではドンドン廃れて消え去るし,それを目当てに商売で儲けたがる輩も多い。
葬儀屋は今時相当儲かっているらしいと聞いた時にも時代だなと思うついでに,げんなりせざるを得なかったのも事実だ,それってそれだけお亡くなりになった仏さんが多いってことだろう?
高齢化なのか成人病なのかはたまた殺人その他の類なのか,そう言う所で素人目ながら世相が何か浮かんでしまった。

そんな気の重い帰省の準備をしていたら思わず日記を書こうと思ってしまった次第だ。
きっと葬儀の際のお香典の計算の時と同じ感じなのだろうと自分でも判る,あまり関わりたくはないけどやらざるを得ない。
そういう時は気を紛らわす手段は何にせよ非常に有り難いということなのだろう。
ことがことだけにそう言った手段があることは非常に重要とも言える。
さて,インプのオイルだけ確認して高速に乗ろう。
そう言えば高速はいつ無料化するのだろうかしないと思うけど,愛知県では何かと名古屋環状にせよ東名阪にせよ出番は多そうだからどうするべきか未だに悩まされているのだ。

CVTは止まらない,ダイヤモンドは砕けない

2009年12月04日 22:34

会社の出張で長距離運転をオデッセイで行ってきた。
実はオデッセイを運転するのは今回が初めてだった。
現行オデッセイを試乗した時はミニバンと言うことであえて3列目に鎮座して結局「この椅子で長時間はもたないな・・・;」と言うありきたりの印象しか持っていなかったのだけど,行きで助手席に座っていた時の感覚はホンダがむやみやたらと主張している件の低重心ミニバンらしいとでも言うべきか,確かに殆ど乗用車の感覚と差はなかった。

その感覚を余計に印象付けたのが帰りに運転した時だ。
パッと乗り出すとその感覚はもう普通の乗用車のそれと殆ど変わらない,ミニバンだと気が付くのは車線変更で後ろのクルマとの距離を見やる時,全長が思ったより長くて車間に余裕を持たせないといけない時位,後はバックミラーを見ると後ろの席の会社の同僚が4人いるときだ,「あ,これ3列あったな・・・」とハッと気が付く。
そして一番良いなと思ったのが追い越しの車線変更での普通さ。
いくら低重心を謳おうが結局全高がどうしても高いステップワゴンはとにかく高速でも一般道でも車線の変更が驚異的に怖かった,サスなんかも積載に耐えうるべくなのかやたらフニャフニャなのもあってとにかく振れるのである,車に酔う前に「のあっ!?」っと言う突発的な恐怖でショック死できる位だ。
こんなフラツキ具合で本当に世のご家族様は家族団らんとドライブに買い物に行けたりしているのだろうか?と本気で不安になる。
そこまで乗ったのはステップワゴンだけだけど,同サイズかそれより更に大柄なミニバン連中なんか大体同じ具合にしかならないと思う。
その記憶からすればオデッセイは本当に運転はしやすい,運動性能が高いと言う意味がこんなクルマ相手に実感出来てしまうのも変な話だけど,立体駐車場に入る全高の低さは間違いなくこの場合は本当に効果がでかい。

そんなオデッセイで難儀したのはやはりと言うかCVTだった,普段MTに乗りなれているとこのCVTと言うのは本当に異世界のゲテモノ機構にしか見えてこないのだから困る。
何せスロットルを開けてもエンジンの回転は上がらない,アクセルペダルとエンジンが文字通り(と言うか実際そうなんだけど)直結していないこの違和感。
そしてアクセルオフでまるでエンブレが効かずに前のクルマに突っ込みそうになる。
兎にも角にもこの言うことの聞かなさ加減が尋常じゃない,いや世の中これがスタンダードに近いのだからそれだけ自分がエンジンの動きに過敏なだけなのかも知れない。
それを差し引いてもこの加減のしにくさは辛いのだけど;
そんなに鈍いエンジンが良いのか?世間は・・・;
折角動きそのものはすこぶる良いものだからどうにかならんのか,と憤慨しつつオデッセイにはそう言えば5ATもあることに後から気が付いた,万が一買うなら絶対まだATが良い,買わないけど。

ついでに言えばレガシイも基本グレードは全てCVTだったけどあれもこんな感じなのだろうか?2.5Lもあって挙句にエンブレすらきかないってどうなんだろう。