サザエさんディープブルー

2009年11月23日 20:28

「あ,オイル交換か。」と距離計で気が付いて休みの日にウロウロと近所のスバルへ行って交換依頼,ついでにしばらく見て無かったタイヤのエア圧も調整してもらうことにした。

と,作業が始まって「大体○○分位ですね~」とか店の人に言われた直後,ふと上着にもシャツにもあるべきはずの「重み」が無いことに気付き愕然とする・・・。
そう,財布を忘れたのだ,またしても・・・
またしても」。そう,情け無いというよりもはや恐ろしいことに未だに財布を忘れたままどこぞへ買い物へ出かけてしまうことがある,頻度にしたら100回外に出たらその内7回位・・・いやもっとかも知れないしそんなに多くは無いかも知れない。
10%の壁は死守している気がするけれど,何せ気が付いた時のインパクトはそれはそれはサザエさんのOPテーマの朗らかな歌詞に殺意しか覚えられない驚天動地のシロモノだから,実際の所そんなに忘れてる訳でもないのだろうか。
いやしかし,「オイル交換」には絶対クルマ(これは当たり前)と免許証(乗っていくなら当たり前)と財布(¥を払うのだから勿論当たり前・・・;)は必須なのに,何をトチ狂ったのだろうと恥ずかしいことこの上ない。
結局正直に営業の人にその旨を伝えて慌てて取りに帰って再び支払いに戻ったことは言うまでも無い。

それにしても・・・,こういう時は必ず支払いの直前,つまり財布の出番にならないと気が付かないのも恐ろしい話だ。
せめて店の前でとかもっと出番の来る手前で気が付きたいものなのだけど,そうはならないから財布でも平気で忘れてしまうのかも知れない。
¥に対する執着心は無いと見せかけて結構人並みに存分にあるはずなので,家を出る前にお財布から発せられる現生オーラが見えないはずは無いのだけど・・・。
次からは気をつけましょうと思いつつ,そんなことは毎回思っているのにも思い出して更にどうすれば良いのか悩むミヨシケであった・・・。
久々の衝撃,マジで怖い。
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通勤は苦か楽か

2009年11月18日 23:53

困ったことにこっちに転勤してはや3ヶ月近く,うちのインプの燃費は一向に落ち込み気味だ。
あっちにいた頃の平均が8~8.5km/lとカタログ上10.0km/lのクルマからしてなかなか優秀な実用域だと感心していたのに,今や7km/l行くか行かないかの落ち込みぶり。
いざ環境が変わったら真っ先に人間じゃなくクルマが影響を受けてしまったようだ,んな莫迦ななんて思うのだけど。

とは言え原因自体は実に簡単なものだ,ここ愛知県,クルマが実に多いのである。
その上自分の家からの通勤ルートは他の会社への通勤車両も軒並み同じ道を通りまくるので,ほっとんど毎日渋滞しているのだ。
何せ通勤時間自体は以前と殆ど同じ,距離に至ってもそんなに差が無いというのに,燃費だけストンと落ちているのだから如何に毎日インプと自分の左足が大苦戦しているか,「左足」と言うのがもはや時代遅れの様相すら呈してきているけど,判る人なら判ってしまうはずだ。
今思えば栃木は本当に道行く道はかなりぶっ飛ばしていた気がする,通勤でも買い物でも。
クルマが少ないかと言われれば市街中心は間違いなく多い,但しあくまで市街地と主要道路だけの話だから,一歩街を外れればそこは情け容赦なく広いだけの国道県道だ。
これじゃ飛ばすなと言う方が難しい,そうでなくとも検問張り込みの類も明らかに愛知県より少なくて甘いから,そら自分のインプどころかそこらのタントでも飛ばしまくり。
国道で右車線を走ってても軽に煽られたんだから・・・,スピードレンジにして愛知と栃木じゃ平気で20km/hは違うんじゃないかと思う。

そして,私から散々聞かされた人ならご存知の通り,栃木と愛知は毎年交通死亡事故ワーストを競う間柄(?)なのだけど,その中身は大分異なるんだろうなと実感しているところだ,話を聞いていてもその差が良く判る。
愛知は渋滞の中での無理が過ぎてぶつかったり割り込んで失敗するのが多いと思う,翻って栃木は間違いなくぶっ飛ばした末の追突か信号無視で右折車とドカン,が大半だ。
会社の同僚連中で栃木で事故を起こしたのは殆どこれだからちょっと自信がある,あっても困るだろうが。
でも道路環境自体はあまり違わないんじゃなかろうか。
道の広さと悪さは個人的な感覚ではどっちもさほど変わらないと思う。
愛知は名古屋環状線ならずとも国道県道はさすがに結構広いけど,一歩踏み込むと痛んでいるわうねっているわで結構走りづらい。
ステアの重いインプでは結構あちこちで振られて手の力が抜けない時もある。
こんな感じで,同じ危ない運転環境の中でもやはり「ご当地運転マナー(?)」があるようで,事故らないためにはそれぞれの対応が必要なようだ。
面白いんだけど面白がってもいられない。

天邪鬼

2009年11月12日 01:28

「レンジローバー,なんでこんなにメジャーな存在になっちまったんだよ,ばかやろう,という気持ちがある。余計なお世話だ,とメーカーには言われそうだけど,このクルマはひっそりと愛好家たちのものだけでいて欲しかった,と思うのは僕だけではないはずだ。」

・・・と言う一節,実はこれ,ユーミンパパこと松任谷正隆の本にあったものだ。
幸か不幸か私自身はとてもじゃないけどレンジローバーなんか乗れたり買えたりする身分でもなんでもないし,勿論今後もそのような,カーグラフィックの世界に入れることは一生無いだろうと思う。
何せレンジローバー自体で1,000万越えのクルマなんだから,このご時世なんて言葉以前の問題だろう。
とは言えそんな一種の天邪鬼的な考えは別にクルマに拘らずとも何か判ってしまう自分がいる。
何となくマイノリティだからこそと言うか,自分だけが知っている優越感とでも言うか,余り格好良くないかもしれないけどあえてわき道を好む性癖と言うのを判ってくれる人は他にもいるはずだ。

で,今更こんなことを思い返したかのごとく書いているのは先日本屋で漫画を探していたらそんな事態になっていたからだ。
大奥なんてもっとマイナーじゃなかったのかよ,いつの間に賞までとって実写化しようとしてたんだ・・・と本気で愕然としてしまった。
れっきとした男の自分が微妙な面持ちで買ってるのを差し引いても(何せ置いているのはれっきとした少女漫画の棚なのだ;),これってそんなに人気あったのか?と思う。
少なくとも自分以外でこれを知っている人を見たことが無いし,当然話題にも上がったことが記憶に無い。
作者自体は結構有名だとは思うけど,こう・・・「実写化」と言う一言に「ウッ・・・」となる人はそれこそ僕だけではないはずだ,相当に危険な感触がする。
おかげで,別に悪びれる必要も無いのに未だに最新刊を買ってない,作品を嫌いになったわけじゃないのに,何かもう買うのをためらうような風情すら湧いてきた。

こういう場合の対策は「人気作品に手を出すミーハー扱いされても買う」か「途中なのを承知の上で自ら打ち切る」の2パターンしかない。
しかし,さすがに映画の方は観ないと思う,怖いから。
だってこの作者,実は結構アレなんですぜ?・・・

恐怖のお葬式

2009年11月03日 18:47

祖父が脳梗塞の後,とうとう亡くなった,齢80であるから今時の日本では普通かも知れない。

当然親族の自分は葬式に出なければ,と言うことで急ぎ休みも取って一気に帰省したのだけど,それにしてものこのお葬式,不謹慎極まりないけど何かのイベントの類じゃないかとさえ思う。
ぶっちゃけ死者を偲んでいる場合じゃない。
兎にも角にも焼香の順番やらお香典のお返しやら他所賄やらなにやらかにやらで,準備と進行が異常なまでに複雑すぎる,少なくとも自分には何でここまでやらにゃならんの・・・;的なことが本当に多すぎると思った。
しかも自分の実家は典型的な田舎に長々と住み着いてきた連中だから近所付き合いだの親戚だの,まあ揉めそうな内容がこれまたてんこ盛り。
伊丹十三監督の作品に「お葬式」なんてのがあって自分は今まで観たことも無いのだけど,もし今から借りて観たら観の覚えのあることがありすぎて発狂しかねないんじゃ無いかと思う。
と言った所で所詮は田舎の貧乏人のお葬式だし,あっちはあくまで娯楽,こっちは現実のお葬式だから映画が酷すぎるとしたらこっちは余り大したこと無いかも知れない。

とにかく,だ。
あの亡くなった祖父さんを偲んで思わず涙してしまうお葬式本来のあるべき瞬間と,お葬式そのものに奔走する父母はじめ色んな人のあたふたぶりとが余りにギャップが凄まじすぎて結局何に心身ともに疲れてしまったのかさっぱり判らない。
目の前に帰ってきたご遺体なんかすっかり忘れ去られているような風情すらあったのだから,何がなにやらだ。
かく言う自分も父母二人の負担を減らすべく言われるままにやれる作業はこなして見せたのだけど,その挙句の果てに頂いたお香典の名前と金額のまとめと計算までやっていて「いかん,実際の額とエクセルの額が違う!」と慌てふためいてたのだから,何をか況やである。
まあ,あ~でもしないと気が紛れないというのもあったんだけどね。

ひと段落着いて後は四十九日を迎えればひとまずは終了と言うことである,かなり気が重い;
しかし,何はさて置きまずは故人に合掌。