お帰りインプレッサ

2008年09月28日 03:43

と言うことで無事帰ってきた。

今回は大したこと無かったなあと思う,でかくてもワイパーのリンク換えてクラッチのキコキコ音を治した位,ブレーキもパッドは全然残ってたらしい,踏むときは結構踏んでいるのだけどまだまだ踏み切れてないと言うことか,長持ちするのは良いことなのだけど。

一週間プレオに乗り切っていたので,インプに乗り換えた瞬間はかなり違和感があった,「あれ,こんなシート位置だったっけ?」て感じで結局2~3回は調整してやっと思い出した。
でも走り出すとすぐにいつも通り運転出来ているのが判る,何だかんだで身体も感覚もこのクルマにすっかり馴染んでいると言うか合わせられてるなあと思う,クルマが自分に合ってるのか自分がクルマに合わせられてるのかどっちなのかは判らないけど。
一つ面白いのはペダルがむしろプレオより軽いことだ,ブレーキなんかインプの方が効きは間違いなく良いはずなのにタッチはかなり柔らかいからぱっと踏むと何か聞いてない感じが一瞬する,実際は勿論ちゃんと止まる。

CVTとMTの差もあってか乗っている時のダイレクト感は雲泥の差だと思う。
上述のペダルを除くとほぼ全ての面でそう言った一種の手応えがある,何よりエンジンの回転と速度が確実にシンクロしてくるのは大きいだろう,やっぱりCVT独特のあの速度と回転がアンマッチなのはかなり不自然だ。
問題は助手席に人がいたらと言うことだろうか,プレオとインプでどっちが助手席の客人は快適なんだろうか,遮音材もろくに無いプレオでも普通に走る分にはむしろ安楽かも知れない。
こればっかりは運転手には知る由も無いことではあるかな。

折角なので油脂類も一通り変えた。
おかげでエンジンもシフトも含めて機械的な所全体がかなりスムーズに動いてる気がする。
これで当分あっちこっち走っては楽しめるだろうな,にやけ顔をしながらせかせかとシフトチェンジしているだろうな,そんな自分の醜態が目に浮かぶ,やっぱり莫迦だ,他人には俄かには理解されないだろうな。
自己満足ながらつくづく良いクルマに乗れているものだ。
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さようならプレオ

2008年09月26日 23:04

やっと週末,と言うことでインプの車検が終了する予定だ,今回はワイパーとかイルミの一部のバルブとか割と小物ばかりで済んだのでコスト的にも大分楽に終わってくれそうな感じでその面では安心している。

と言うことで今週はずっと代車で<プレオに乗っていたけど,これが最初はかなり大変だった。
オドメーターは7,000㎞ちょっとだから,あのディーラーが買った最後のスバル軽になるんだろうなとか思いつつふと窓を開けようと思ったらスイッチが無い・・・。
まさかと思って慌てて見回すと目に入ったのは懐かしのくるくるハンドル(覚えている人いるかなあ),まさか今時オプションでしかパワーウインドウが無いとは,そしてこいつにはそのオプションすら無し。
と,言うことはつまり助手席の窓も当たり前に手動,とてもじゃないけど運転中に操作できる訳が無い,そしておまけはサイドミラーの調整も勿論手動,ここまでくると割り切りすぎやしませんか;
この手動満載が結構困り者で,例えば左側のサイドミラーを調整しようと力づくで助手席側の窓を開け,手でミラーを弄って運転席に戻って確認してまた弄って・・・の繰り返し。
一体何年前の作業風景なんだよ,と昔親父殿のラングレーとか乗ってた時のことを思い出したけど,運転中にその手の調整が出来ないのは今となってはかなり不便だ。
そもそも窓を開けるのにあれだけ手間取っては料金所で確実に渋滞を作ってしまうに違いない。
受け取ってからカタログを見たら今じゃ商用車みたいなグレードしか残っていないようだ,発売が98年だからもう10年も生きてることになるのだけどその末路がこれと言うのも何ともやり切れない気もする。

人通りうろうろすると,さすがに軽なので動きはインプ相手では比較にならない。
ミッションがCVTなのもあってとにかくエンジンが回ろうとしない,追い越ししようとアクセルをほぼベッタ踏みしたのにまるでそれを拒否するが如く加速しないのには思わず「遅せぇ!!」と悪態をついてしまった。
前に借りたR2は結構頑張って走ったんだけど,さすがにスーチャーとNAではトルクも違うかな。
この手の背の高い軽の常か重心はやたら高く感じる,バネ自体はそんなに柔らかくも無いと思うのだけど車線変更でふらふら~,交差点をちょっと急いで曲がってもふらふら~でおっかない感触がず~っと付きまとっていた。
これからしたらインプは本当に重心が低いし安定していると思う,今時のクルマみたいに重さでどっしりした安定感はむしろ無いけど。

そんな感じですっかり今は大人しく車に似合った(?)街乗りに徹している。
小回りは圧倒的に利くので,ちょこちょこ乗り回すには十分なのだけど,何か一気に牙でも抜かれた感じだ,こうやって世の方々はただの運転手に成り代わってしまうのだろうか。
このまま大人しく引き下がるわけには行くまいと,インプが無事戻り次第そそくさと遠出してしまおう,折角ガス代もちょっとではあるけど安くなってきたことだし,季節柄も十分だし。

寝過ごす男たち

2008年09月24日 20:32

先週の休日のこと。
友人のねむ2が連休が取れたというのでこっちまで来ると言う,それも電車などではなく彼の愛機,TR250でとなかなかにチャレンジャーなことをするのだから,こちらとしては喜んで出迎えてやらねばなるまい。

とか言いながら日曜日は昼前から既に雨,二輪にはきついだろうなあと車検のためインプを送り込んだ後,予定の昼飯時へ向けて集合場所へ向かいながら「こっちは完全に雨なので気を付けてくれや」とメールを送る。
そしてすぐに返ってきた返事,

すまん,今起きた。
やられた。
そう言えば前回こちらから遊びに行った時もこのねむ2,すっかり寝過ごして一人遅刻していたのだけど,こちとらその”実績”をすっかり忘れていた。
自分が起きた時にすぐにメールでも入れるべきだった…,こういうのを後の祭りというのだろう。
元々約束事にはしっかりしている男だと言うこともあってすっかり自分も油断していたのだが,それだけにすっぽかされた怒りなどすっ飛んで一人ゲラゲラと笑いこけてしまった。
事実平日の仕事の日などはそうそう寝過ごすことも無いらしいのだけど,土日になった途端に全く布団に逆らえなくなるらしい,お気持ちは良く判る。
そう言えば大学のサークルの同期にもそんな奴がいて毎回部会に遅刻する度に,「ま~しょうがねえなあ,あの野郎は」と笑いながら毎回電話で起こしていたのだけど,今後もそんなことをやってやった方が良いのかも知れない,悪い癖は付きやすい物なのです。

と,遅刻したとは言え二輪では完全に初の道,しかも雨と言うことでくれぐれも安全運転で,とは念を押しておいた,多分かなりくどい位言ったと思う。
四輪乗りの自分からすると二輪で雨で高速移動ってかなり危ない感じがしたからなのだけど実際どうなのだろう,無事到着した本人も「視界が全然悪かった~」とのたまっていたけど天候の影響をモロに食らうのが二輪の魅力であり欠点なのでもあるのだろう。
とは言えねむ2本人は疲れたと言いつつなかなか楽しげな顔をしているのだから,こちらが何か言う必要も特にあるまい,と思う。

で,わざわざ来て貰ったはいいのだけど結局飯食って珍しく酒まで飲んでベラベラ喋ってそのまま泊まって,月曜の朝に自分は仕事,ねむ2は帰宅と何にもせずに終わった。
いや,一応酒まで飲んでしまったから何もしてない訳でもないか,餃子も食ったし。
何だかんだで付き合いが良く続いてるだけに特に何か必要な訳でもないのだと思う。
どうせなのだから今度は二輪と四輪でツーリングをやってみると言うのも面白いと思う。

やっぱり洗車の直後に雨は降る

2008年09月21日 02:22

台風一過でちっとは天気も落ち着くかなと思いきや,だ。
どうにも日本にいる限りは洗車しまくるか徹底的に無視するしかないんじゃないかとすら思う,どの変の汚れまで許せるかって言うのもあるのだけど。

車検で明日からしばらく入庫してしまうので,と言うことでいっそだからと洗車した。
とにもかくにも自分の手で洗車するのは実に1年近くぶりじゃ無いだろうか,洗車機ではどうにか定期的に洗っていたけど,元々色が汚れの目立たないシルバーだから「まだいいか」と思いながら一気に時間がすっ飛んでしまった。
だから久々にじっくり見ることが出来たインプのボディはかなり汚れが酷かった;さすがにこれはまずい。
とりあえずいつもやってた手順を思い出しながらしっかりと汚れを落とす,水はとにかく多目が良いらしい,後ワックスはどうなんだろう,人によると「あんなもんやる必要は無い」とも言う意見もあるようだけど,新車ならいざ知らず何せ吹きさらしに放置されること15年のクルマなのでさすがに艶も何もあったもんじゃないからちゃんとやっておいた。
おかげで大分綺麗になったと思う,ディーラーに持って行っても第一印象でちゃんと乗ってるように見えそうだ,いや元々からちゃんと大事に乗ってるつもりではあるのだけど,見た目は大事だし。

後はきっちり納車して無事帰ってくるのを待つばかりだ。
代車は軽らしいのでさすがに思い切り運転を楽しめる訳も無さそうだし,しばしの禁欲生活と行こう。

若いのに落ち着いていますね~

2008年09月20日 00:32

と,例によってプールに行ったら,いつも会うおっさん連中にそんなことを言われた。
そんな風に見えるのか,正直全然落ち着きないんだけどなあ,と思うのだけど歳を取って(若いのに,と言われてるからおかしいのだけど)ちょっとは性根もマシになったのだろうか,或いはその時に限って外面良く大人しくしているように見えただけかも知れない,そのおっさん連中が若かった頃は経済成長もまだ真っ只中の時代だろうからそのギャップもあるのかも知れない。
こう言うのも一種のジェネレーションギャップとも言える。

その中に坊主のおっさんがいるのだけど何と体重が68㎏から60㎏まで減量出来たらしい,さすがにそれには驚かされた,そこまでダイエットに成功した人をリアルに見たことが無い。
確かに一時期に比べると顔がすっきりしたような印象があるから本当なのだろう,大したものだ。
何だかんだでそんな良い結果が出るのだから,気晴らし程度でも定期的に泳いでいるのは自分にとっては決して悪いことじゃない。
そんな自分ですら1㎏確実に減ったのだから。
しかして,例の泳ぎの矯正は周囲は勿論自分の予想通り,凄まじく難儀している。
大体呼吸なんか生き物にとっては自然かつ必須の行為,それを直せと言ってるようなものだから生態を弄りなさいって言ってるようなもんだろう,難儀しない方がおかしい。
自分でもこれは良い泳ぎ方じゃないんだなと判っただけに毎ターンクロールに入る度にかなり意識はしているのだけど,やっぱり水面に半分も口を残して息を継ぐなぞとても出来ない,大抵は水ごと口に入れてしまって泡吹く寸前になってしまう,本当にもうゲッホゲホの状態,正直危ない;
右手の動きもどうだろう,肘から無理に持ち上げないように頑張ってはいるけどまだ大きい,左右非対称を自分で作っている気がする。
指摘されてからまだ3回目位だから治るにはまだまだ早い話なのだけど,やっぱりこれはちょっと難しい。

でも,と思い直す。
これが出来るようになったら確かに巧く泳げる,と言うか巧く見えそうだ,ちょっと格好良くも見えそうだ。
顔を無理にひねらなければ身体が進行方向に対して変に傾かないし偏らない,「ああそうか今は確かにぶれてるな」と言うイメージが出来てきた。
斜め向いたまま真っ直ぐ進むなんて物理的にも無理があるし抵抗が大きいのもちょっと考えたらすぐ理解できる,でも身体で体感するのは意外と難しいんだなと改めて感じた,何せ指摘されるまではそれで十分と思っていた訳だから。
頭の中の意識と身体の反応って本当になかなか一致してくれないものだと思う,元が鈍感な自分なら尚更かもしれない。
・・・何か我ながら修験者の域に入ってきたなあと思う,嵌まり込んだ時の集中具合と言うか。
でも屋内プール専門の修験者,かなり弱そうだ,内弁慶かも知れないし,虚弱体質にも聞こえそうだ。
もしかして落ち着いて見えるのはそのせいなのだろうかな,一度本気で遠泳大会でも出た方が良いのかもしれない。

すきやに行かなくなった

2008年09月15日 00:18

と言うよりは,行きたくなくなってそのまま本当に行かなくなったというのが正しいのかも知れない。
一人暮らしにしたら牛丼屋の類はかなり重宝する店のはずだけど,結局はそれを上回るだけ行きたくない理由ができたと言うことだ。

事の発端はある時すきやから帰るその時,「○○(←自分とこの会社の名前)の方ですよね?」といきなり声を掛けられたことからだ。
びっくりして振り向いたら全く会ったことも無い不審者が何とも判らない表情で自分を見ていた,残業明けの夜でそもそも顔が見えなかったと言うのもあるけど。
「□□(←取引先の会社)のAです,お疲れ様ですねえ。」と聞こえ上は気楽に声を掛けられたのだけど,正直自分は何でこんな所で取引先の人間なんかに会わなきゃならんのだ,と全然気楽な気分じゃなかった,そもそもAって誰だよ??そんな人聞いたことも無いぞ。

仕事の外と言うか全くのプライベートなのに仕事がらみの人と会ってしまった時(同じ会社でも良いしそうでなくても良いけど),どういう態度を取れば良いんだろう,後から思い出してもどうしたら良いんだろうかと考え込んでしまう。
自分はそもそもプライベートにまで仕事を極力持込みたくないと思う。
「お持ち帰り残業しなきゃとても終わらないと言うのにお前は飛んだ甘ちゃんだな」とか不幸自慢で言われそうだけど持込みたくないのは持込みたくないのである,仕事は仕事でその他はその他だ。
だからその気じゃなければ別に会社の同僚とかと一緒に飲んだりもしないようにしている。
だから一瞬固まった後,もう適当に挨拶の「ような」ものだけして即逃げるように帰った,もう本当に逃げてるようにしか見えなかっただろう,実際に逃げたのだから。
そうか,こんな店でも会う可能性が出るのか,つかそもそも今の物騒なご時世話しかけるような危機感ゼロの奴がいるのか,とかろくでもないこと考えながら一種の寒気まで感じて急にあの店に行けなくなった,別に対人恐怖症でもないのだけどこの時ばかりはそれに近い気分になった。
これが一つ目。

そしてその出来事から一月くらい開いてからだろうか,実は意を決して行ってみたのだ。
さすがにそう会うことも無いだろうとか大分気持ちに余裕が出来ていた,舐めて掛かってたと言い換えた方が良いかも知れない。
で,さすがに店の外でも中でも話しかけてくる人はいなかった,良かった,落ち着いて食える。
そう思ったのも束の間だった…
食ってる最中に目の前のいかにも短気そうで態度の悪そうな客が急に店員に突っかかりだした,こそり聞き耳を立ててると,どうも注文の品を間違えたようだった。
そして改めて品物が運ばれてきたのだけどこれがまた違ってたらしい,これで客が完全に切れた,さすがに暴れだした訳じゃないけど。
そっからが酷かった。
その間違えまくった店員を散々叱りだして,水を持ってこないだの注文間違えるだの態度が悪いだの金払わねえぞだの舐めてんのかだのとあれやこれや,ファミレスボンバーも真っ青,イヤ本当に。
注文を二度も間違えたのは確かに文句の一つも言って良いと思う,でも自分だったら多分かまわず食べるだろうなとも思った,と言うか実際1~2回やられたけどそのまま食った,レシート見たら殆ど変わらなかったと言うのもあるけど。
でも水が出ないとか態度がどうのとか,この辺はもう単なる八当たりだったなと思う,自分にはそう見えた。
怒られてた若い以下にも経験も浅そうなバイトの兄ちゃんが可哀相だったけど,殺される可能性もあったから自分はひたすら見ないようにしていた,さすがにこの場に関わらない方が良い。

とまあ,こんな感じで平日の数少ない楽しみとも言える飯時の風情を二度も立て続けにけちょんけちょんにされてしまった,しかも同じ店で。
これでは行く気が完全に失せても当たり前だと思う,少なくとも自分はその事件
以降は一切そのすきやには行っていない,それまでは常連に近かったと言うのにそんな簡単に自分のエリアから取っ払えてしまうのだからよほどトラウマかそれに近い出来事だったんだろう。
これから何処のすきやに入ろうとしてもそのことが頭に浮かんで結局入れないと思う,すきやにしたら良い迷惑だ。
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泳ぎ方を教わったミヨシケ

2008年09月10日 22:58

と言ってもとうとう水泳教室に入った,と言う訳では全く無い.
相も変わらず気の向くままにプールに行っては気の向くままにザカザカと泳いでるだけなのだけど,こう言う所だけにやっぱり元水泳部の人とかもっと言えば現役の人も来ているようで,そう言う人達は泳ぎを見ると一目で「ああ,経験者だな」と判る.
本当にそれ位まずスピードも違うけど何より泳ぎ方が綺麗だ,いかにも水の抵抗を減らしているような泳ぎ方とか行ったら良いんだろうか,男の人でも女の人でもそれは同じで,とてもあんな泳ぎ方自分では出来ていないんだろうなと少々凹まされてしまう.

で,そのプールで知り合いになった人に同じ様に高校時代水泳部だった人がいる,この人もまた泳ぎ方はかなり綺麗で,見ていてすぐに判った.
その人と話しているとどうやら自分の泳ぎ方をしっかり見られていたらしい,とは言った所で自分は行ける時はまるまる1時間は泳ぎ続けていられるようになったから,一旦プールから上がって休憩スペースからふと見れば確実に自分の泳ぎは見ようと思えばいくらでも見えるものなのだろう.
「来てからず~~っと泳いでますよね」がこの人に毎回言われる枕詞に近い台詞だ.

その人曰く,クロールで「息継ぎの時だけ腕の動きが大き過ぎる」,らしい.
自分がクロールで泳ぐ時は3回かいで4回目で息継ぎをするようにしているけど,最初の3回は左右対称で綺麗なのに最後の4回目に思い切り腕を上げていかにも息継ぎしようとしている動作になっている・・・らしい.
でも,らしいと言いつつかなり自分には思い当たる節はある,確かに息継ぎの時だけ顔を上げようとして動作がでかくなるのだ.
「無理に顔を上げなくても,息継ぎそのものは口が半分水に浸かってても出来ますよ」とかしれっとその人は教えてくれたのだけど,正直素人に毛とカビが生えた自分のレベルではかなり無理な注文だ.

かつて「越前岬のド座衛門」の異名を取り一度沈めば海江田艦長も真っ青,オハイオ級原潜もびっくりの潜航深度を誇った自分がおっかなびっくり運動不足解消も兼ねて泳ぎを覚えようとプールに通いだした.
その時から,と言うより遡れば中学の体育からず~~っと常に意識した,意識せざるを得なかったのが他ならぬこの「大き過ぎる」とまで言われた息継ぎなんだと思う.
これは水泳初心者とか不得手な人には大体共通しそうな気がする一種の脅迫概念じゃないだろうか,とにかく「息継ぎをしないと,呼吸をしないと絶対ヤバイ!」と言う意識を文字通り根底に持ってから泳ごうとするから,必然的に息継ぎの動作はでかく大袈裟にならざるを得ない.
他の泳ぎ方を殆どやっていないから何とも言えないけど,例えば平泳ぎなら動きがまず左右対称でどの道必ず顔を上げなければ息継ぎできないからその意味では確かにそんなには難しくは無い.
けれどもクロールは息継ぎを右か左,どっちかでやらないといけない,そこに大袈裟な(本当に大袈裟なのかどうかは知りません,見えないから)息継ぎが入ると思い切り左右非対称の動作になっていく.
最初の3かきが至って左右対称で普通なのもあって余計に目立ってしまうとその人は教えてくれた,見えてしまうものなんだな,こういう無意識的な動作って.

さて,教わった以上はどうにか直さねばなるまいと意気込んで残り時間早速改良してやってみた・・・.
……で,全然直らなかった
そりゃそうだ,だって脅迫概念がそんな簡単に消えるわけが無い.
いくら口半分でも息継ぎできるなんて言われても,口に水が入るか入らないかの状態でいきなりしっかりと息を吐いて吸えるはずが無いのである.
良いこと聞いたしこれは是非習得せねばと思いつつ,正直習得するのに相当時間が掛かりそうでしんどいような気もする.
だって今の自分の頭にはしっかりと「顔出さなきゃ息継げないじゃないか!」としかないのだから.
さあどうしよう,やり甲斐が増えるのは結構だけどこれは厄介だ,本当にド座衛門にならないようには頑張ろう.

「ネタが無い」って題名で書くのはイヤだ

2008年09月08日 00:29

と,とある友人との会話でそんな意見を聞いた,お互いブログを始めたばかりの頃のことだからもう結構前になるんじゃないだろうか,その頃はブログ上で「バトン」を回していくのもちょっとしたブームになっていて彼はそれについても「何か書かされている様でイヤだ」と持論を語っていた.

なるほどな,夏休みの宿題の日記ならいざ知らず書くことも無いのに無理して書く必要なんか無いよな,とその時思わず納得して自分もそこで「何か書こうと思った時に書ければ十分自己満足は満たせるんじゃないか.」とそれまで毎日書いてたのを(勿論結構無理矢理だったと思う),ポッと頭の中で「あ,これは書いてみたい内容だな」と思い付いたら書くように改めた,そうでなくても仕事の忙しさが一気に激化していたこともあったし,当然の如く毎日書ける程ネタに溢れる様な人生なんか歩んでる訳でもなかったから,あっさり行き詰ったと言うのもあった.
でも自己満足でいいや,と言っている連中に限ってへんてこりんなことに拘ってる奴が多いけど何のことは無い,自分もまさにその類の阿呆な人種だから始末に終えない.
始めた当初は出来ることならブログを日記代わりにせずに行こう,コラムじゃないけど毎回何かしら自分の考えでもって書き上げる場にしてやろうとか意気込んで意気だけは今もそのまま今に至っている.

そんなことを言ったら「どうみたってタダの日記じゃないか!!」とこれを見ている人から怒涛の如く怒られてしまいそうだ.
何せ書いてる出来事関係は完全に時系列に乗っかってしまっている,旅行もドライブもその根底にあるクルマ好き,そして愛機のインプについても結局はその時起きたことがベースになっているから,日付が飛んでいるだけで日記と何ら変わりは無いと言われても文句は言えない.
言えないけど自分の頭の中と意気込みだけは日記じゃないのである,そのつもりで書いてるつもりなのである.
実際じゃあ何処が違うんだと聞かれてもあまり,いや全くちゃんと説明できる自信が無いのだけど少なくともただの日記じゃない書き方になるよう意識している,つもり,だったらいいなあ…

で,そんな昔話を前振りに今のこの日この時間.
ネタが無いから書く必要も無い,で一週間何も書かなかった,人の人生ネタがまるで無い一週間だってあっても何の問題も無い.
けど,一週間何も書かず右上のカレンダーの丸が一個も付いていないと何となく「いかんな」とか罪悪感じゃないけど「サボっている」感が付いて回るようになってきた.
意外と仕事にしてもサボると言う感覚には嫌悪感を持てる人間には育ったようである,良いのかどうかは知らないけど,兎にも角にも一週間まるまる何も書かないのはどうやら自分の自己満足が満足してくれないらしい.
ついでに言えば仮にもブログは人に見せてしまうものだから,いつの間にか自然と結構書き方とか文体とか考えるようにはなって,それが一種の勉強と言うか学習になってきている部分もあると思う.
文体そのものはガッチガチの文体にするつもりも無いけどさりとてフニャンフニャンの口語体が更に粉砕されたような文体にもしたくないな,と言う程度だけどそれでも何か自分の思いをきちんと伝わっている書き方になっているかどうか,書きながら推敲みたいなことをするのがちょっと楽しくなってきている.
頭は使って何ぼであってこうやって何かを考える機会を作ると言うのは結構大事なのではないだろうか.

と,こうやって一週間空いたサボりを埋める文章を力づくで書いてみた.
これも一種の「書かされている」感が無いわけじゃない,でも普段よりむしろ自分の考えは書くことが出来たからこういうのも良いんじゃないかと思う.