平凡な週末

2007年01月28日 23:11

結局時計は電池切れですぐ治った.
「直る」を「治る」って書くのはやっぱりちょっとおかしいのかも知れない,基本的に人の病気や怪我が回復したときに使うはずだからなあ.
けど,インプレッサともどもこの時計はやはり愛着がある訳で,電池交換のみであっけないくらいすぐに治った時には拍子抜けすらしてしまった.
とは言え,左手にぱちっとはまる感触はやはり馴染んだものの証拠.
これでふと時間を気にして左手を見ても何の問題も無いと言うことだ.

そのついでにバッティングセンター行ってはみたものの,何せヴィクセン負傷で左手は運動に使えなさそうだったのでストラックアウトだけやってみることに,バッティングの分も¥が回せるなあと思い切って連続5セットやってみたけど,おかげで体力的にも余裕あったのか単に調子が良かったのか最高で6枚抜きまで出来た.
後で話してたら「6枚は何気に凄いのでは」とか閣下に言われたけどどうなんだろ,確かに自分では滅多に出ないけど.
最初の1セットなんかウォームアップで潰した位贅沢にやってみたから,そのおかげかもしれない.

何を大マジにやっちゃってるのか後から笑ってしまうのだけど,良く見るとバッティングセンターって夜なんか特にスーツ姿のサラリーマンが意外と多い.
しかもそういう人に限ってまさに一心不乱でバットを振っているもんだから,何があったんだと意味も無く心配してしまう.
いや,あの集中力は尋常ではない,隣のボックスに立ってチラッと見てもその真剣振りが窺えてしまう.
きっと白球を某上司か某取引先か某言いがかりばっかつけてくる客に見立ててるに違いない.
でも自分の例で言えばあんまり人の顔に見立てても打てないんだよなあ,逆に集中できないとは思う,ストラックアウトもそんなに集中して的は狙ってないけど.
たまにはちょっと運動を,なんて感じならまあ丁度いい所だとは思うけど,ストレス発散になるかはちと疑問,当たらなかったらむしろストレス増大になるし.

後は日用品を買い漁ったりいつも通りラーメン食ったり部屋の掃除やったりと特に何かでかいことがある訳でもない普通の休日だった.
でも年が明けてからこう言う休日を過ごしたのが初めてだったりする.
どうりでやたらとのんびりした気分だったわけだ.
こういうのが本当の休日と言えば休日なのだけど.
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人差し指無くなりそう・・・;

2007年01月27日 14:43

にしてもヴィクセンを組んでいると負傷退場の回数がやたら多くなっている.
一月の頭にようやく組み出して都合三回左手の人差し指をざっくりやってしまった.

壽屋のプラモデルを組んでて良く思うのはやはり大手のバンダイとかと比べると樹脂が硬く感じることだ.
硬いと言うことは当然脆いということに他ならないので,部品を切り取ってから細かいバリを削り取ろうとすると,樹脂の硬さのせいで結構強くナイフを押し込んでしまう.
で,勢い余ると今度は脆いからいきなり削れてしまい,その削ったバリごと部品を持っていた左手の指にナイフが直行,と言うオチだ.

このオチで結局ヴィクセン一機組むだけで相当苦労してしまっている.
最初に復帰第一戦だったこやつの時はかなり慎重に組んだせいかここまで怪我はしなかったのだけど,別に慣れてきて油断してるわけでもないんだけど困ったもんだ.

左手の人差し指だと利き腕でなくても意外と出番が多いから,正直日常生活でも支障が出る.
こうしてキーを叩いているのにも実は怪我をした人差し指は浮かせて使ってない有様,今回は思ったより深手だ.
とりあえず,組上げはしばらく諦めるしか無いだろうな・・・;

時計

2007年01月25日 00:01

また時計が壊れた,止まった.
「また」と言うのは実は今の時計は学生時代に既に一度壊れたことがあったからだ.
はじめは電池切れだろうと近所の時計屋に持っていって交換したら,どうも店員が交換する拍子に壊しやがったらしく,それから一月も経たずにまた止まったのである.
実家に帰っていた時だったので,今度は知り合いの時計屋に頼んだのだけど,その時「時計と同じくらいの修理費になるかも知れん」と言われた時はさすがにちょっとショックだった記憶がある.

そんなことを思い出しながら再び電池切れか壊れたかで止まってしまった時計を眺めているのだけど,今回どうするべきか正直悩んでいる.
ばあさんに大学の合格祝いに貰ったこの時計,さすがに7年目と言うこともあって手にも目にも随分と馴染んでいるのが良く判るのだ,勿論感覚的になのだけど.
おかげで今は時計をしていないと言うのに時間が気になると決まってまず左手の手首をじっと見る癖が付いてしまった.
「時計してないじゃねえか!」と頭の中で悪態を付く頃にはもう遅いのだけど,慣れと言うのは怖いものだ.
携帯で時計を見るのが煩わしい性分からすると腕時計が無いのはかなり痛い.

それだけ使い込んだだけにベルトに至っては今のになるまでもう4回くらいは交換したはずだ.
毎日思い切りきゅっと引張ってはベルトの穴にピンを押し込んでいたので思いの外消耗が早かった.
ひょろひょろの腕なのできつめにベルトを締めないと緩んですぐ手首で遊んでしまうのだ.
基本的に自分は大事な物は全く使わずに取っておくか情け容赦無く使い込んでボロボロにするかのどちらかしかない性格なのだけど,この時計も気に入ったがゆえに,一個しか腕時計が無いこともあって会社に入ってからも現場だろうが何だろうが着けて行った訳だ.
おかげで何度も落としてしまったし,ガラス部分には幾つか小傷も入っている.

そんな感じで今や百戦錬磨の猛者だからさすがに今回はもう電池でもないし修理も利かないかも知れない.
それに修理できるとしても果たして今度はどこに修理に出そうかも問題だ.
何せ前科が思い切りあるのでそこらの時計屋にポンと出す気にはなかなかなれない,と言うよりそもそも時計屋そのものを最近滅多に見ないから,単純にどこに持っていけばいいのやら・・・.

あるいは見切りをつけて新しいのを買うべきか,それもありかも知れない.
と,一度は思うのだけどうにも思った次の瞬間あまりに勿体無くなってしまい文字通りの二の足を踏んでしまう.
折角けちなばあさんが珍しくくれた祝いの品と言うことも多分にある.
ただ,自然保護とかそんな類とは全く関係無い「勿体無い」と言う感覚が随分強く頭の中に出てしまう.
良く周りからも親からすらも「お前って物持ちいいよな」と言われてしまうくらい,時計以外でも色々と身の回りの物を買い換えずに使い込んでいるのだけど,その実新しく買い換えた瞬間の身体に馴染んでいない妙な違和感がたまらなく恐怖だったりするだけなのだ.
使っていたものだけに身体に馴染んでいるものが多いから,自然と新しいものに代えると性能とか見た目の良さとかを理解する前に違和感だらけになる,それが怖い.
その辺の神経質さ加減は我ながら嫌になるくらいだ.

となるとやはり直すしかない,そこからだ.
ひとまず時計屋を,其れも少なからずまともな時計屋を探さねば.
とふとこの時計ってどこのなのかしら??と,気になって文字盤のアルファベットを頼りに検索してみたら こんなブランドだった・・・
・・・おい,もしもしばあさん,まさかこれ女物か・・・??;

本日,名古屋出張にて

2007年01月21日 17:27

久しぶりに名古屋の本社に出張してきた,前に行ったのが去年の三月だったからほぼ一年ぶりになる.
それにしても入社してすぐに転勤したものだから同期以外で本社に顔見知りが極端に少なく,まずは「○○課の××さん,どちらにいらっしゃいます??」から始まってしまって,相当に無駄な手間が掛かった.
あっちこっち駆け回ってはまずは人探しからスタートなんて,これほど面倒なことも早々ないだろう.
おまけに結局仕事の結果も悪くて,色々と文句も言われるわ色んな所に貸しも作るわで,18~19のたかが二日間で相当心身ともに疲れさせられた.

それでもどうにか二日間の出張が終わって後は帰宅するだけ,だったのだけどほんの思いつきで折角だからと閣下元帥のお二人と会うことになった.
いや,何が驚いたかって思いつきで言った発起人が自分だったとは言え,二人とも見事に乗ってきてくれたことだ,ノリ良すぎ.
それくらい本当にあっさりと集まることが決まってしまった,予定も減った暮れもない,勢いと言うのはこういうもんなんだろう.
ちなみに元帥とは彼がこっちに来てくれてからだから二回目,閣下とは当然ながら初対面,趣味嗜好で共通点があるとは言え全く環境の違う三人がご対面する機会に恵まれるとは,なかなか自分も稀有な経験の持ち主なのかも知れない.
言ってみるもんだな思い切って.

三人集まってやったことと言えば飯食って長々と駄弁りまくってちょっとゲーセンで遊んでまた長々と駄弁りまくっての繰り返し,そんな感じだった.
ファミレスでただ単にしゃべりまくってたのも結構久しぶりだったけど,普段メッセで会話しているのとは違った感覚だった.
メッセだと一言一言にどうしてもなるけど,面と向かって会話すると一文一文か一小節一小節といった所まで範囲が広く出来るといった感じ.
相手の顔を見てるからどこまで話をしようとしているか,ある程度は判るので聞く側も最後まで聞こうという姿勢になる.
そして話し終えた所で次の話が順次始まる,と言った順序立てが綺麗に出来てくれてメッセと比べると会話が噛み合いやすかった.
しかしまだ初対面と二回目の人を相手にしたにしては,相当話の内容はマニアックかつ濃密だった.
自分でも他の面子,例えば高校の同期とか会社の同僚相手にあそこまで色々あれこれ話せる自信は正直無い,それも良く考えてみると面白い現象だと思う.

そうそう,元帥のセリカにも昨年以来乗せてもらった.
元帥が勧めてくれたとは言え,人のクルマを全く知らない道で乗ってみて良かったんだろうかなとか,今になって結構凄いことしたもんだと思う.
ともかくセリカ,去年乗せてもらってから結構色々変えたと聞いていたけど,確かに変わった,其れも随分良い方向に.
クラッチは随分重くなっていたけど(やっぱりエンストした;)カチッと繋がるし,足回りも変わってたけどレスポンスはちょっと走っただけでも十分実感出来た.
レカロも短足の自分ではペダルがちょっと遠かったけど,座った感じはなかなか良い,コレくらいホールドが良い方が自分にはありがたい.
いいクルマに仕上がってると思う,乗り手の手間と思い入れが十分感じ取れるクルマだ.

閣下とはその後別れて自分は元帥のお宅に一泊させてもらい,次の日元帥の誘いに乗って温泉にふらっと行ったり晩飯にやたら旨いとんかつ食ったり,あそこは旨かったなあホント.

結局賞味一日半ほど,久しく無い面白い休日を過ごせた.
元帥は何やら再び栃木に来ることを楽しみにしているらしいから,今度また機会を作って(相も変わらず唐突になる可能性は大だが),また三人で集まってみたいものだ.

何はさておき,お付き合い頂いたお二人には感謝感謝.

東京オートサロン空爆作戦

2007年01月16日 01:06

と言う事で言って参りました,千葉県は幕張メッセ,東京オートサロン初上陸であります.
オートサロンは言ってみれば「弄ったクルマのモーターショー」のようなもん,もしくはカメラ小僧の聖地.
って確かに多かったんだよな,キャンギャル目当てのカメラ持ったおっさんに兄ちゃん達,端から見たら何のショーなのかわからんかも.

まあしかし,規模も盛況ぶりも相当に凄かったというのが率直な感想.
そもそもクルマ弄りだけでショーが一個開けるってのも日本だけなんだろうと思うけど,1000万級のLS460ですら普通に何台も(二桁は超えていたと思う)いくつものブース(勿論大半がVIPカー)に展示してあったのにも驚いた.
「これってレンタルじゃね?」って言ってた来場者もいたけど,タイヤだけならまだしも明らかに他にも弄ってある部分が通りすがりでぱっと見ただけでも判ったから購入したチューナーもいたはずだ.
不景気も関係ないところは関係ないのである,ホント.

結局良くも悪くも日本のクルマ事情が結構でかでかとと見せ付けられたようなショーなんじゃないかと思う.
スバルのトークショーでSTIの人が「今のお客様は自分だけのクルマを欲しがっている,それを痛感した」なんて感じのことを言ってたけど,オートサロンのこの盛況振りが確かにいい証左だ.
高い¥払って似たような新車を買うより,中古を買って余裕持ったところで弄るまくる方が確かにクルマを持つと言う喜びを味わえるのだろう.
とりわけ,今時ともなると自分のように「クルマはまず自分の手で動かして」と考える人も結構な少数派で,まず自分のクルマ「そのもの」がどうか,と拘る人からすればオートサロンは格好のサンプルなんだと思う.
て言っても,少なくとも後部座席全てスピーカーとかモニターの大画面なクルマに「乗る」と言う観念は消え失せているとしか言いようがない,自動車メーカーですらそんな車を展示しているのだけど,さすがに其れはどうなんだろうかと思う.
車の中を映画館とか水族館にする必要は無いはずなんだけど・・・

本当に混沌とした空間だったのは事実,良くも悪くも.
弄ること自体は悪いとは思わない,不満がある以上解消したいと言うのは自然だから.

続きに幾つか気になった写真を置いときます.
ちょっとだけのてきと~な解説つきで.
[東京オートサロン空爆作戦]の続きを読む

史上最悪の悪夢(PHASE2)

2007年01月13日 01:35

髪が抜ける夢を見てかなりショックだったその数日後.
さすがに仕事疲れもあって,自分の記事を見直した後などはすっかり夢のことも忘れて,ぐったりとしながら布団の中へ.
旧暦の正月近く,大寒に近い今日この頃ということもあって家の中でももっとも快適な場所が他でもない布団の中だと実感するのは何も自分だけではあるまい.
まあ,自分の場合はこの時期だろうが何だろうが,とも言えるのだけど.

そんな感じでぐっすりと寝て気が付いたら朝,携帯の目覚ましが鳴っている.
いつも通りのやかましい電子音でファミコンの「チャレンジャー」目が覚める.
しかしこいつは一度目,実ははじめから二度寝する前提で目覚ましはセットしてあり,丁度良い時間で鳴るのはこの30分後なのだ.
と,携帯のボタンを押し目覚ましをカット,全く気にせず二度寝に就く.

そして30分後.
今度は同じように携帯から「西武警察」のBGMが.
さてコレが鳴ってると言うことはさすがに時間だ,起きないと.
時計を見つつ,後3分くらいは,後2分は,後1分・・・

・・・

と,また目が覚める.
寝ぼけた頭に目覚ましを「二度」止めた記憶がよみがえってくる.
「あれ?」と急に不安になって時計を見てみたら時刻は10:30・・・

寝過ごした!!

慌てふためく自分,記憶をもっと手繰れば今日は朝一から図面の出図がある,それも締め切りが10時だったはず.
「何でこんなときに寝過ごすんだ~~~!!!!」

って言うまたしても洒落にならない悪夢を見て「本当に」目が覚めました・・・
一体何なんだ・・・前回に引き続きリアル感が妙にあってマジで笑えない.

史上最強の悪夢

2007年01月09日 22:50

朝目が冷めて,髪型を調整しようと鏡を見ながらブラシを掛けていた自分.
ふと,するっとブラシが抜けたと思ったら足元にどさっと何十本もの髪の毛がまとめて落下.
唖然としながら鏡を見るとまさに落ち武者モード全開の髪型の自分がそこに…!

…うわあああ,ってな感じで目が覚めました.
あまりに怖くてその後うかうかと二度寝も出来ず悶々としながら本当の朝に.
実家からの血縁上,非常に実現性の高い夢だっただけに,その後現実に鏡を見るのすらためらってしまったくらいである.


ちなみに一応今も髪の毛はちゃんとありました.
今までで間違いなく一番恐ろしい夢だったと思う,色んな意味で.

インプ,中央道に散る

2007年01月06日 22:15

とか言いながら結局は無事に栃木に戻ってきてたりする,インプもろとも.
しかし今回の帰省はルートに関して言えば大失敗だった.
まあ自分が移動する日に限って帰省も戻る日も大雪ってのは一体どういうことなんだと言いたい,本当に暖冬とか言ってる癖にこんなときだけチェーン規制バリバリになるまで雪が降るとは,雨男ならぬ雪男にでもなったのだろうか,いつの間に.

とかく,今回は新潟を避けるべく中央道経由と言う新ルートの開拓と洒落込んでみたはいいものの,行きも帰りも一番問題だったのはその中央道だったのも事実だ.
特に帰りは本当に危なかった,何せ道中ずっと大雪だったから.
太平洋側も大荒れだと聞いて,高速の横風も嫌だなと東名じゃなく中央道から抜けようとしたのだけど,岐阜に入った辺りから段々様子が怪しくなってきて,長野に入ると完全に積もっていてインプの足元もかなり危うい状況だった.
高速ではそういう場合速度50km/h規制を掛けるのが普通だけど,正直50km/hでも怪しかったと思う.
実際50km/hも出せてないクルマも多々あって,さすがにそれは抜いてしまおうと車線変更すると,センターラインに溜まってる雪,つまり轍に派手に「引っ掛り」相当焦った,実家でも別の車で経験したけど本当に脚を取られてまるで思った方向に行かず一瞬ふら付いてしまう.
で,そのまま無理に進めば今度は路面にしっかり積もった雪とも氷とも覚束無い路面で4輪とも情け容赦なく持ってかれてしまいそうになるし,と言うよりは実際持ってかれかけた,「ズル」って.
いくらインプが4WDと言っても所詮4つのタイヤとも取られれば一巻の終わりなのである.

実際道中4台ほど事故ったクルマを見たし,そのせいで「○○km渋滞」にもしっかりはまってしまった,高速で一度にあれだけ事故を見たのも当然だけど初めてだ.
さすがにあそこまで事故を見せられると怖いものがある,用心に越したことは無いし,自分もクルマ(特に4WDだと言って)も過信は禁物と言ういい教訓なんだろう.

それにしても,帰っててもったのは岐阜も長野も本当に広いっってことだ,中央道で西から東に文字通り横断したのでなおのことそう思う.
米原から一路東へ東へと結構な距離を走ったのにナビで確認すると「あれ,まだ岐阜県か」か「まだ長野?!」って風情がかなり長く続いたけど,よくよく考えてみればあの二つの県は確かに広いので,距離の割には実はまたいだ県の数は対したこと無いのかも知れない.

そうそう,実家から戻って早速風呂に入った後体重計に乗ってみたら見事に体重(57.3㎏)も体脂肪(10.7%)も逆戻りしていた.
たった一日で-1㎏・-7%はどう考えてもありえないだろう.
そんなダイエットあったら特許ものだ.
体重計が違うって時点で問題なのだろうか,.
誰か,この謎を解いてくれ・・・

寝正月

2007年01月04日 22:47

正月三が日も過ぎて,そろそろ新年ムードから目を覚まさねばならない辺りに来ている.
はずなんだけど,今日も相変わらず年始の休暇を満喫して朝も昼も寝まくっていた.
他はどうなのかはっきりしないのだけど,自動車関連の会社は大概GW・お盆・年末年始の休暇は結構長い,らしい.
成人の日とか,春分秋分の日とか月曜日に変更された祝日が全て出勤になるからだ.
三連休で中途半端に工場のラインが停止するのを嫌って,休むときは一気に休ませてしまおう,と言うのが一番の理由らしいが,そのおかげで仕事始めの四日とか世間で言ってる端で,朝も昼も自分は布団の中,だったりする.

にしても,今年ほど寝正月と言うくらい寝た年末年始は無いような気もする,其れ位寝まくってしまった.
相変わらず実家の体脂肪計はべらぼうに高い数値を示しているけど,いい加減コレの方が正しいかも知れない,と言う位文字通り食って寝てるだけの正月だった,それにつけても体重自体はそんなに変わってないだけにいまだに不思議でしょうがないのだけど・・・

とまあ,自堕落を本当に地で行く正月休みなんだけど,実は今年は生まれて初めて初日の出を拝んできた.
例によって高校の友人共に連れられて年が明けたばかりの深夜に初詣に行き,その脚で一気に琵琶湖まで南下.
湖畔から初日の出を拝む機会に恵まれたのだ.
年賀状の写真を撮りに行く際に「タダの」日の出を見に行ったことは何度かあったものの実は初日の出は今まで見に行ったことが無かったのだ.
時期を問わず日の出の瞬間と言うのは実にきれいで,眩しいのも気にせずずっと魅入ってしまう程のものだけど,それに「初」の字が付いてくるのだから更に気分的にも違うものになるだろう,と単純な自分は年始から徹夜同等になるのも気に掛けず誘いの乗ってしまった訳なのである.

目的地に到着し日の出を待つこと1時間半ほど.
琵琶湖の対岸の山から上ってくる「初」日の出はやはり素晴らしかった.
若干雲が掛かっていた分,日の光が思ったより綺麗に伸びてこなかったのがちょっと残念ではあったけど,やっぱり「初」だけにとても心地良く日の光を身体に受けることが出来た.
単純なことは良いことだと思う,こ~ゆ~時は特に.

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こんな感じでした.

そんな幸先の良さそうな元日から後はもう問答無用に寝まくった.
まさに寝正月,まさに寝だめ,まさに自堕落.
たまに本を買いに行ったり米の精米を手伝ったり年始の日記を書いたりしたくらいで,とにかく暇だった.
結局実家に帰省しても本人は何もやることが無いと言うのがいつものパターンだったりする.
高校の同期にしても彼らは彼らで四日からちゃんと仕事始めだから,何かする相手にも期待は出来ない.
そんなこんなで何もしない,文字通りの「休み」になってるのが自分の現状だったりする,それはそれで全く問題無いのだけど.
そろそろ全く違うことに手を出してみてもいいかも知れない,クルマで行ける所まで其れこそ全くの明後日の方向に行ってしまうとか.

そんなこんなで色々考えたり,でも寝たり.
そろそろ向こうに戻る準備もしないといけないし,朝起きるようにして感覚も戻さないといけない.
何だかんだで向こうの生活の方が馴染んでしまってたりするんだよなあ,慣れって本当に怖い.

P.S
↑のとは別に初日の出の写真を数枚,画像に置いておきます.
ひとまずは日が徐々に出てくるようにしたつもり.
暇つぶしにどうぞ.

謹賀新年でやんす

2007年01月01日 00:46

と言う事で,無事2007年を迎えることが出来ました.
とか言いながら,年々年末年始って雰囲気が薄れて言ってるのもまた事実なのですが.
何はさておき,ミヨシケ本人もここのブログも何事も無く2007年を迎えることになりました.
何だかんだで前のブログから数えると三年くらいになるのかしら?
我ながら良く続いたもんです.
書いてるネタがまあ日記風情なので大したことは無いうちの日記ですが,気が付いたら地味~~~にカウント500は超えてました,本当に地味~~だけど,こんな日記にも目を通して下さる方がいらっしゃるわけなのねえ,と非常に有難い限り.

と,言うことで.
今年も一年,思い切り自己完結型ですが地味に気楽にのんべんだらりと色々記録して行こうと思います.
どうか,ミヨシケ及び当ブログ『INTERSECTION』を宜しくお願い致します.

P.S
そんなこんなで新年のご挨拶,年賀状を載せておきます.
やっぱりインプ,今年もインプで.

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