思えば8年前

2016年03月13日 23:09

確かもうそれくらい前だったと思う。
その時に使っていたノートPCがXPの初期モデルだった為に、だいぶ性能の限界を感じて思い切ってパソコンを買い替えた。
元来物持ちが「異常に」良い自分でも、その頃モンハンフロンティアまで始めようとしていたから余計パソコンの能力不足を感じてしまっていたという中々子供じみたというかそんな理由でその時のほぼ最新仕様を購入出来たと記憶していた。

そしてあれやこれや時も流れて気が付けばXPのサポートが終了。
さて私のパソコンもいつの日に買い替えるべきか・・・なんて悠長なことを言っていたら何のことはない。
a disk error occurred」の文字とともに唐突に終了の日を迎えてしまったようだ。
「ようだ」と言うのは今店に運び込んで中のデータの引き上げを依頼している最中なので、結論に至っていないという単純な理由でしかないのだけど、仮に無事データが吸い上げられてもパソコンそのものは(恐らく)寿命には違いない。
クルマの時と言いパソコンと言い、やはり自分は物持ちがいいせいでついこうなってしまうまで引張ってしまった結果がこのありさまだ。

不幸中の幸いは結構前とはいえ、バックアップの為に別のHDDにデータの大半をコピーしておいたことだろうか。
おかげで自分が社会人になってから(結構大袈裟だけどマジな話だ)、今に至るまでの貴重な写真の数々はほぼ全部無傷でのこっていることが判った。
白川郷から熱海、日光、山梨、さらには友人の結婚式で神戸に高知にetc・・・、青臭いがあまりに貴重な記録だ。
冗談抜きでたまに見返しているのだから。

ここ最近は出産のこともあってあまり出掛けていないこともあってそこまで写真自体を撮っていなかったのも大きい。
愛娘の成長の記録ともいうべき写真の数々は妻がしっかり自分のPCに残しているので、殆どと言って良い位ダメージはなかったのも安心した。
唯一そこそこ大変だったのは家計簿のデータも”半年以上前”までしかバックアップ出来ていなかった為、収支の記録も当然半年以上前まで遡ってしまったことだろうか。
自分で言うのも恥ずかしい話だけどこれに関してはかなり”クソ真面目に”記録していたので、本年度の収支がどうなったのか、このままデータの吸い上げがNGであればほとんど判らなくなったも同然だ。
大体は記憶しているとは言え、何と言っても出産費用とかおおごとが有ったのでその辺がスッカラカンになるようなのは結構痛い。
そう言った記録は後々必ずボディブローのように効いてくる。
こうなった以上はやむを得ないのだけど。

そんな一日を過ごして今、妻からアカウントを別に作ってもらってパソコンを借りている状況だ。
凄いなというか恐ろしいのは、ブラウザをChromeにしているのだけど、Googleのアカウントを入れたらブラウザの設定からお気に入りまですぐに妻のパソコンでいつも通りに扱えたことだろうか。
(さすがに各パスワードはすべて入れ直しだけど)
おかげでここの管理者ページにもすんなりと入れて今こうやって記事を書けるわけである。
新しいパソコン?
勿論欲しいが痛いというか嫌な出費だ。
ぶっちゃけ無くても死ぬわけではない、家計簿を除けば純然たる趣味の世界の道具なのだ。
妻はさすがにパソコン常用者なのでかなり寛容に「買い替えたら?」と勧めてくれるが、万単位の買い物は大分躊躇する神経の私にはすぐさま「OK!」とその誘いに乗る勇気がなかったことを白状しておこう。
まあ正直いつ来るんだいつ来るんだ・・・?と覚悟してたのに、いざ来たらホントにあまりに唐突さに引っくり返ってしまって大慌てするという情けなさ。
それが今になってようやく落ち着いてこうやってブログに落とし込んでいる状況だと思っていただければいい。
データのこともあるししばらく考えることにしよう・・・。
休みなのにちっとも休まってない、少なくとも感覚的には。
スポンサーサイト

イメチェンは英語では通じません

2009年03月01日 00:38

随分と久々にブログのテンプレートをいじくった,最近は記事の更新はともかく他の調整とかはさっぱり何もしてなかったから本当に久々だと思う。

ただ,以前からブログのテンプレを弄ると言ってても色々探したりした挙句に似たようなベースを使ってちょこっとサイズとか弄って・・・程度だったので,テンプレ変えてみたとは言いながらそんなに大きくは変わってなかったのも事実じゃないだろうか。
と言うより正確には今まで使ってきたテンプレ一覧を眺めていたら,ものの見事にどれも似通ってて「これはいい加減に」と考えを変えることにしたのだ。
何せデザインの領域なので当然個人の趣味志向の類が前面に出まくってしまうから,油断していたら何のことは無い,全部同じパターンで統一さえてしまう。
いざ思い切りデザインを変えてやろうといきり立っても「列は3カラムで無いといけない」とか「全体的に暗めが良いだろうか」とか初っ端からあれこれ自ら縛りを付けてしまってたから,結局仕上がったものはそれほど大きな変化もしてなかったし,させることも出来なかった。
その辺何とも日本人的と言うかそもそも自分のデザインセンスが無いと言うべきか,変化のさせ方加減をもっと考えないといけない,折角弄る余地は十分にあるのだから。

そんな思いから毎度の如く急に「テンプレを変えよう!それも思い切り!」とスタートして,あれこれ探して微調整の後,今回のデザインに変更と相成った。
「全体は暗め」の部分はさすがに他のカラーでは全くピンと来なかったのでそこは継続させたけれど,カラムを2列にしたり背景を写真の仕様にしたりでなかなか大仰に変えてしまったけど,どうなんだろう。
本当はもっと色々好きにあれこれ変更したいとかいうのはある。
例えば今回のテンプレでは記事確認用のカレンダーが無かった,カレンダーだと視覚的にいつ書いたかが判りやすかったので割と重宝していたのだけどまあしょうがないだろう。
少なくとも書いた文字自体はまだ見易いはずだ。
サイズの調整などは結構やったけど,これ以上となると・・・やはりもっと知識も経験もいるのだろうな,さすがにサイトを作ったことが無いからHTMLとか弄ろうとしてもチンプンカンプンでしょうがない,ここはブログだからと余計なチューニングもせずに使うのが良いだろう。
そこまでやるならいっそサイトを作る位の気合を見せても良いかもしれない,載せるものが何も無いので結局ただの日記で終わりそうだけど・・・;
背景とか変更が利くなら今後変えてみても面白いかもしれない。

「ネタが無い」って題名で書くのはイヤだ

2008年09月08日 00:29

と,とある友人との会話でそんな意見を聞いた,お互いブログを始めたばかりの頃のことだからもう結構前になるんじゃないだろうか,その頃はブログ上で「バトン」を回していくのもちょっとしたブームになっていて彼はそれについても「何か書かされている様でイヤだ」と持論を語っていた.

なるほどな,夏休みの宿題の日記ならいざ知らず書くことも無いのに無理して書く必要なんか無いよな,とその時思わず納得して自分もそこで「何か書こうと思った時に書ければ十分自己満足は満たせるんじゃないか.」とそれまで毎日書いてたのを(勿論結構無理矢理だったと思う),ポッと頭の中で「あ,これは書いてみたい内容だな」と思い付いたら書くように改めた,そうでなくても仕事の忙しさが一気に激化していたこともあったし,当然の如く毎日書ける程ネタに溢れる様な人生なんか歩んでる訳でもなかったから,あっさり行き詰ったと言うのもあった.
でも自己満足でいいや,と言っている連中に限ってへんてこりんなことに拘ってる奴が多いけど何のことは無い,自分もまさにその類の阿呆な人種だから始末に終えない.
始めた当初は出来ることならブログを日記代わりにせずに行こう,コラムじゃないけど毎回何かしら自分の考えでもって書き上げる場にしてやろうとか意気込んで意気だけは今もそのまま今に至っている.

そんなことを言ったら「どうみたってタダの日記じゃないか!!」とこれを見ている人から怒涛の如く怒られてしまいそうだ.
何せ書いてる出来事関係は完全に時系列に乗っかってしまっている,旅行もドライブもその根底にあるクルマ好き,そして愛機のインプについても結局はその時起きたことがベースになっているから,日付が飛んでいるだけで日記と何ら変わりは無いと言われても文句は言えない.
言えないけど自分の頭の中と意気込みだけは日記じゃないのである,そのつもりで書いてるつもりなのである.
実際じゃあ何処が違うんだと聞かれてもあまり,いや全くちゃんと説明できる自信が無いのだけど少なくともただの日記じゃない書き方になるよう意識している,つもり,だったらいいなあ…

で,そんな昔話を前振りに今のこの日この時間.
ネタが無いから書く必要も無い,で一週間何も書かなかった,人の人生ネタがまるで無い一週間だってあっても何の問題も無い.
けど,一週間何も書かず右上のカレンダーの丸が一個も付いていないと何となく「いかんな」とか罪悪感じゃないけど「サボっている」感が付いて回るようになってきた.
意外と仕事にしてもサボると言う感覚には嫌悪感を持てる人間には育ったようである,良いのかどうかは知らないけど,兎にも角にも一週間まるまる何も書かないのはどうやら自分の自己満足が満足してくれないらしい.
ついでに言えば仮にもブログは人に見せてしまうものだから,いつの間にか自然と結構書き方とか文体とか考えるようにはなって,それが一種の勉強と言うか学習になってきている部分もあると思う.
文体そのものはガッチガチの文体にするつもりも無いけどさりとてフニャンフニャンの口語体が更に粉砕されたような文体にもしたくないな,と言う程度だけどそれでも何か自分の思いをきちんと伝わっている書き方になっているかどうか,書きながら推敲みたいなことをするのがちょっと楽しくなってきている.
頭は使って何ぼであってこうやって何かを考える機会を作ると言うのは結構大事なのではないだろうか.

と,こうやって一週間空いたサボりを埋める文章を力づくで書いてみた.
これも一種の「書かされている」感が無いわけじゃない,でも普段よりむしろ自分の考えは書くことが出来たからこういうのも良いんじゃないかと思う.