陸海空制覇の娘

2017年04月16日 09:38

年度末に東北は岩手~仙台まで旅行に行ってきた。
私が独身の時はどちらも2~3回一人旅で行ったことはあるのだけど、結婚して二度目の転勤の際は娘の出産もあって東北方面は一度も行ってなかったのだ。
丁度休みも取れてしまったので、一泊しながらいけるだけあちこち行ってみようと思い立ったが即実行と相成ったのである。

もっと言えば震災後の東北地方へ行くのも今回が初めてだったのだけど、震災からはや5年経ったのちパッと見る限りは(と言っても高速道路から眺める景色が大半だったけど)震災の後はそこまで確認はできなかった。
とは言えところどころに山積みされている黒いビニールで覆われた恐らく除染作業時に出たガレキ、仙台駅から一路海へ向かった折の松島の内海一帯、その近郊の瑞巌寺の修復工事など、行って観て判るその「傷痕」は確かに見て取れた。
松島はそれにしても不思議なところで、至る所に変わった形の岩・島が点在していて遊覧船でそのあいだあいだをすり抜ける様に巡っていくから観ていて早々飽きることもない。
周りにいた中高生とその親のグループでは早々と中高生が居眠りこいてたけど・・・。

そんな中、我が娘はと言えばもはや歩くだけなら全くの問題なし。
流石に岩手県は中尊寺の坂登りは抱っこ紐で担いで登ったものの、ホテルでも松島の船の中でもスキあらば自分の脚で歩いて遊びたくてしょうがないようで、ちょっと目を離せばスタスタと歩きヨジヨジと机でもなんでも登りだす。
クルマの中にいる間も座ってチャイルドシートに縛られているのが嫌になる(と言うより飽きてくる)と容赦なく身をよじって脱出しようと泣き喚くようになってしまった。
長距離の移動が大分大変になってきた。

松島の海岸を眺めている時はちゃんと起きててくれたけど、実は肝心の中尊寺金色堂を観ている間にしっかり昼寝していて(恐らく)記憶にも残ってないだろうと言うところが地味に残念ではある。
まあ1歳の娘がいずれ「昔東北行ったことあったっけ??」と聞いてくる感じの程度なんだろうけど、今はそれで十分だ。
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娘の成長記録【定期】

2017年03月25日 23:40

ただいま娘は1歳5か月。
あっという間と言う以前に「子供ってこうやって成長していくんだな・・・」と感心と言うか驚いてしまうことも多い。
私の幼いころ・・・なんて言っても記憶も定かでない頃だからそもそもロクに覚えていないのだが、やはり比べてしまうというか「私が同じくらいの頃もこんなんだったのだろうか??」と思うこともしばしばだ。
手間がかかる部分も増えたかと思えば、親の手も借りずに出来るようになってることもある。
少なくともこの時期は「一時たりとも目が離せない」と言う事実においては妻とも満場一致するところだ。

・発語
まだまだ宇宙語の次元だと思うが、時期的には慌ててもいない。
と言うのも私の時は母曰く2歳ごろだったらしいので、まだまだ前後バラツキの世界じゃないかと思う。
ただ、明確に嫌がる時とか怒る時に「んねんねー!」とか意志を持った宇宙語にはなりつつある。

・身体
身長の伸びは止まった・・・と言うかそういうものらしい。
確かにこの時期で成長期みたいにニョキニョキ伸びられても困ってしまうが。
少なめの体重だったのも今では成長曲線のど真ん中なので、とりあえず栄養不足とか体調に何か異常があることはなさそうで日々安心している。

・動き
もっとも進化の激しい部分。
まずご飯は大分一人でスプーンなり手づかみで食べられるようになった。
おかげでこぼしてしまう量も激増したのだけど、娘が自力で食べている間は我々夫婦も自分のご飯を食べられるので、手間も時間も相当軽減されてきたと思う。
食事後の掃除機は必須なのだが・・・。
そしてとうとうハイハイを”ほぼ”卒業してしまった
兎にも角にも気が付けばベッドでもリビングでも多分外に出れば出ても(まだデビューはさせてない)、確実に移動は徒歩である。
あのちっちゃい身体でいとも簡単に「スタスタ」と言う擬音が付きそうなリズムで歩き回る。
うっかり布団を干そうとベランダの窓を開けていようものなら、余裕で外へ乗り出してくるし台所とリビングを隔てているゲートをいざ通してしまえばガスコンロまでまっしぐら(スイッチ大好きなのでそっちによって行ってしまう)。
大好きな曲がテレビで掛かれば大喜びで踊り出すノリノリぶり。
そして歌が終わるとちゃんと拍手。
踊るというかスクワットのような動きで平気で身体を使いまくる、「こいつの脚力凄くないか?」と驚くほどだ。
ただ、まだ頭の方が十分大きいので安定感は無く、転ぶのには十分注意が必要だ。
実際大はしゃぎしたかと思えば引っくり返って頭を打つこともたまに起きる。

この時期の子供が「落ち着きがない」と言われるのはなかなか厄介な問題らしいが、元気なのには間違いなくその辺は父親としては非常に安心している。
もうじき花見の季節だけど、その時には自分の脚で歩きながら桜を眺めていることだろう。
親の楽しみがまた増えた。

ルーズな関節

2017年02月27日 23:40

亜脱臼なんかしたのは実は生まれて初めてじゃなかろうか、と思う。
幸いなことに入院沙汰になるような怪我も病気もしたことが無いのが秘かな自慢なのだけど、一歩間違えれば今回は流石にヤバかったかも知れない。

それにしても何故ここまで自分の関節がいとも簡単に抜けかけたのか、ちょっと(悪い意味で)驚いてしまっている。
職場で力仕事をしていて、シャコマンで物を固定しようと(使わないとイメージ沸かないかも)きっかりトルクを加えてねじを回そうとした瞬間だった。
回した右手の親指の根元関節が見事に「バゴン!」と音を立てて抜けて戻ったのである。
完全に脱臼して戻った感じに間違いなく、右手に走ったあまりの衝撃と痛みに思わず絶叫してしまったのは言うまでもない。
やった瞬間「これは抜けた・・・!」と判るくらいの音と痛み。
それが週明けの月曜日、恐らく関節を保持しているはずの筋肉も伸びたか切れたか・・・。
野球選手の靭帯断絶なんて言葉なんかが頭に思い浮かぶくらい、ちょっと大袈裟かも知れないけどそれくらいの致命傷だったのにはホントに違いなかった。

そこから週末まで大人しく過ごして、ようやく伸びた筋肉もちょっとは元に・・・と思ったのが慢心なのか、ふと椅子から立ち上がろうと右手を椅子に掛けたら、”また”抜けたのである。
ここで二度目、文字通り油断だったと思う。
その理由に今度は痛いことよりも再発したこと自体に自分でとんでもなく腹が立ってしまっていて余計寝れなかったのだから。
結局翌日医者に改めて掛かったところ、関節には異常がないのでちゃんと戻ってはいるものの、内出血も見られるから靭帯は完全にどこかしら切れてるらしい。
関節がルーズになって当たり前である。

薬もサポーターも買ってとかく安静にするしかないのだけど、例によって手の怪我は本当にその意味では厄介だ。
何せ早々生活の中で”安静に”なんか出来る訳が無いのだ。
鉛筆も握れば箸も持つしマウスだって握る。
お医者ですら「ホントはしっかり固めて動かなくすれば2週間くらいで靭帯が戻るんだけど・・・」と言葉を濁すくらい、手を固めるなんか無理に決まっている、生活出来ない。

改めて平日になり一日過ごしてはみたもののそれは疑いようもなかった。
とにかく右手の親指を庇うしかないので、自然と変なもち方動かし方になって右手だけ”変な”疲れが出てしまった。
当たり前と言えば当たり前なのだけど。
それにしても私の関節はそんなにルーズ?なのだろうか。
流行の「労災」案件ならいざ知らず、ただねじを手で回しただけで関節が抜けかけるなんて正直想像もつかない、と言うかつく人も他にいないだろう。
握力の強い弱いとも関係しないだろうし・・・、結局異常はそれ以上診られなかったものの何か関節の病なのかと妙に疑ってしまった。
酢の飲みすぎでもないのに、痛みが落ち着いてくるとそんなことばかり気にしてしまう、それくらいの珍事と言えば珍事だと思う、自分からすれば。